第4話 お休み

その後もいくつかのコンテンツを取り上げ、その日の配信は終了した。

どっと疲れが押し寄せてきて、俺はベッドへダイブした。


と、ぶーっぶーっぶーっぶーっとスマートフォンが激しく自己主張を始める。閉じるまぶたを無理やり開いて画面を見ると、俺の学校の隣の席の人の名前が写っていた。


「……もしもし?」

「もしもし、愛ちゃん?」

「…………」

「ごめんごめん、もしもし、愛?」

「どうした?」


無言の圧というものは電話越しでも伝わるらしい。如月はちゃん付けをやめた。


「すっごい眠そうだね……いつでも寝ていいからね」

「ん……」


電話を通しているからか、如月の声がものすごく甘ったるく感じる。


「それで、今日の配信だけど……そうだね、見所はあんまり作れなかったけど、これからの配信への布石は十分作れてる。よくやってると思うよ」

「…………ん」

「それで、どう?毎日続けられそう?」


どうやら、それが本題らしい。


「流石に無理かな……」


このレベルの疲労を毎日続けたら、確実にどこかで心身のどちらかに限界が来る。


「だよね。じゃあ、とりあえず明日配信をしたら一日置こっか。その間に送られてきたアニメとか見ればいいと思うよ」

「それもいいけど、勉強しなきゃな……」


中間テストが迫ってきている。一年生の最初の中間テストなので範囲は狭いが、残念ながらごく平凡な頭脳しか持たない俺にとっては勉強しないとかなりまずいことになる。


「う、勉強……」


如月が封じられた記憶を思い出しかけている主人公のような呻き声を出す。


「やってない……いや、Vtuberを成功させて高校中退を前提に人生設計を……」


たかが中間テストの勉強と引き換えにとんでもないことを言い出す如月。

……別に普通に勉強すればいいと思うが。


「見た目がよければ頭がいいわけじゃないのよ……なのに、そんな点数しか取れないの?とかもっとできるはずでしょ?とか……こっちだって努力してるのに……」


どうやら、今までに色々とあった結果勉強嫌いになったようだ。俺は義務教育の敗北を目にしたような気分になった。


「えーっと……一緒に勉強するか?」


俺は居た堪れなくなって思わずそう言ってしまってから、はたと気付く。これはまるでデートの誘いのようではないか。


「えーっと、いやー」

「ふふ。そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、ぜひお願いしようかな。場所は……私の部屋でいい?ちゃんと女装してきてね」


あ、女装はデフォルトなんだ……


「それから、もし泊まって来たいならちゃんとパジャマ貸してあげるよ」


しっかりパジャマも女装モードにさせるらしい。


「いや、流石にそれは……」

「そう。じゃあ、明後日の予定は決まりだね」

「……ん」


俺はぽふりと頭を枕に落とす。流石にもう限界だ……


「おやすみ、如月」

「ふふっお休み、愛」


俺は絞り出すように如月に挨拶をしてから、深い眠りへと落ちていった。


……あれ?そういえば、電話切ったっけ?


–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


「すーっすーっ」という愛の可愛らしい寝息が受話器の向こうから聞こえてくる。


「ふふふ……」


私はそれをBGMにしつつ、SNSを開く。


愛のアカウントには、(勝手に)配信ありがとう!というような投稿をしてある。

リプライ欄には、すでに信者と化している視聴者のコメントが多数ついていた。

なんと、アカウントの名前やステータスメッセージに愛の名前をつけている剛の者までいる。


「その調子だよ、愛」

「……ありがとー、如月……」


私が思わずこぼした独り言に反応が返ってきた。

どうも、寝言のようだ。私は名残惜しいが、愛を起こすわけにもいかないので一旦閉じようとして……ふとイタズラ心が沸いた。


「愛……今日から私のこと、カナって呼んでいいよ」

「うん……分かった、カナ」

「おやすみ」


私は今度こそ電話を閉じ、そしてSNSの対応を始めた。


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