不思議な貸本屋 ④(KAC20234)
一帆
第1話
コンコンコン
コンコンコン
小さくドアを叩く音がする。
こんな夜中に、なんだろう。
も、もしかして、泥棒?
でも、泥棒だったら、わざわざ、ドアを叩く??
軽く混乱しながら、そおっと、布団から顔を出してドアを見る。
こそこそっと、ドアの向こうから、子どもの声がする。
「ママ、あのね、きのうのよる、うんとよなかにね、」
「あんた、そんなことを言っても……」
「でも、美雪がわからないかもしれないし……」
その声は!
そのセリフは!
私は布団から飛び起きると、ドアをあけた。
案の定、そこには、キツネのつねたくんと、鬼の子のうらちゃん。そして、つねたくんが持っていた犬のぬいぐるみが立っていた。
「誘いにきたんだ。おいら達と散歩に出かけよう」とつねたくん。「わん、わん」と犬のぬいぐるみがしっぽをふる。
「散歩? こんな夜中に?」
「昨日、桜が散ったからな。美雪もうんとおめかししてこい。龍之介から借りてる袋を持って出かけるぞ」とうらちゃん。
うらちゃんは淡い黄緑色の着物に白いレースの羽織を着ている。髪は編み込みをして、小さな小花を髪飾りにして。
「早く! 早く!」
ベツトで寝ていたはずのハルが私の手を引っ張る。
「わかったわ。今すぐ支度するから、待ってて」
私はうらちゃんとお揃いの黄緑色のワンピースに着替えて、出かけることにした。もちろん、ハルも一緒に。
◇
つねたくんとうらちゃんの後を、ハルを抱き抱えて、上水べりの緑道を歩く。つねたくんの犬は、嬉しそうにしっぽをふって、私たちとつねたくんの間を、行ったり来たりしている。貸本屋で借りている桜柄の袋が、チカチカ、チカチカ、小さく光って、暗い緑道の私の足元を照らした。つねたくんとうらちゃんは時々、私のほうを振り返り、話しかけてくる。
「美雪は、何を食べる? おいらは桜のおいなり!」
「あんたはいつだっておいなりさんだ。飽きないのかい? 今回の目玉は桜あんぱんらしいぞ? しかし、桜もちも捨てがたい」とうらちゃん。
「わんわん。わんわんわん」
「おまえには、桜のクッキーをあげよう」
「桜のケーキもあったな」
桜しばりなのかな。
「じゃあ、桜風味のミルクティー」
「いいねえ。ほんのり桃色のみるくてぃは、見るだけでも幸せになるからな。うらも飲もう」
「お、おいらも飲む!」
◇
たどり着いたのは大きな朱色の鳥居。
鳥居の向こうは、屋台が所狭しと並んで、賑やかだ。見れば、大勢のキツネがいっちょらを着て、境内を歩いている。
キツネのお祭りなのかな。
「ああ……、貸本屋の……」
鳥居の前で、紋付袴を着たキツネ達が、私が持っている袋を見て、頭をさげた。
「どうぞ、お通りください。まもなく、始まります」
私は、つねたくんとうらちゃんの後ろをある歩いて行く。屋台には、桜のおいなりさん、桜もち、桜あんぱん、桜フレーバーのミルクティー、桜のわたあめに、桜色のガラスペン、桜モチーフの耳飾り……。
「美味しそう! 一個買っていい?」というつねたくんに、うらちゃんが「間に合わなくなったらどうする。後にしろ」とぐいぐいと引っ張っていく。
そして、大きな池の前で、立ち止まった。
池の真ん中浮かんだ小島には、一本の大きな大きな山桜。
「綺麗……」
ため息とも一緒に言葉が溢れる。
「早く、行かなきゃ。そろそろ、桜姫の舞がはじまる」とつねたくん。
「でも、どうやって?」
「そりゃ、桜の浮き橋で渡るんだよ?」
つねたくんがそういうと、池に浮いていた桜の花びらが集まって、小さな浮き橋になった。私たちはその橋を渡った。山桜の前には、小さな舞台があった。私たち以外にも、たくさんのキツネが舞台のそばにいる。キツネ達は、私の持っている桜柄の袋を見ると、そっと道を開けてくれた。私はつねたくんにひっぱられて、舞台の正面に座る。
「それでは、幸せを願い、桜姫に奉納舞をお願いしましょう」
シャンシャンシャン
軽やかな鈴の音がして、桜の打ち掛けを着たとても綺麗な女性が舞台に現れた。そして、しずしずと、扇を広げると、舞を始めた。
シャンシャンシャン
シャンシャンシャン
儚くて、強くて、幻想的な舞は、私をとりこみ、私自身が桜になったようなそんな錯覚を覚え…………。
◇
気がついたら、私は自分のベッドで目が覚めた。
お腹いっぱい食べて、幸せな気持ちでいっぱいになった不思議な夜中のお散歩だった。
夢だったのかな?
でもね。
ハルの口元にミルクティーの跡が残っていて、微かに桜の匂いがしたから、きっと夢じゃないと思う。
おしまい
不思議な貸本屋 ④(KAC20234) 一帆 @kazuho21
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