不思議な貸本屋 ④(KAC20234)

一帆

第1話

コンコンコン

コンコンコン


小さくドアを叩く音がする。


こんな夜中に、なんだろう。


も、もしかして、泥棒?

でも、泥棒だったら、わざわざ、ドアを叩く??


軽く混乱しながら、そおっと、布団から顔を出してドアを見る。


こそこそっと、ドアの向こうから、子どもの声がする。


「ママ、あのね、きのうのよる、うんとよなかにね、」

「あんた、そんなことを言っても……」

「でも、美雪がわからないかもしれないし……」


その声は!

そのセリフは!


 私は布団から飛び起きると、ドアをあけた。

 案の定、そこには、キツネのつねたくんと、鬼の子のうらちゃん。そして、つねたくんが持っていた犬のぬいぐるみが立っていた。


「誘いにきたんだ。おいら達と散歩に出かけよう」とつねたくん。「わん、わん」と犬のぬいぐるみがしっぽをふる。


「散歩? こんな夜中に?」

 

「昨日、桜が散ったからな。美雪もうんとおめかししてこい。龍之介から借りてる袋を持って出かけるぞ」とうらちゃん。


 うらちゃんは淡い黄緑色の着物に白いレースの羽織を着ている。髪は編み込みをして、小さな小花を髪飾りにして。


「早く! 早く!」


 ベツトで寝ていたはずのハルが私の手を引っ張る。


「わかったわ。今すぐ支度するから、待ってて」


 私はうらちゃんとお揃いの黄緑色のワンピースに着替えて、出かけることにした。もちろん、ハルも一緒に。





 つねたくんとうらちゃんの後を、ハルを抱き抱えて、上水べりの緑道を歩く。つねたくんの犬は、嬉しそうにしっぽをふって、私たちとつねたくんの間を、行ったり来たりしている。貸本屋で借りている桜柄の袋が、チカチカ、チカチカ、小さく光って、暗い緑道の私の足元を照らした。つねたくんとうらちゃんは時々、私のほうを振り返り、話しかけてくる。


「美雪は、何を食べる? おいらは桜のおいなり!」

「あんたはいつだっておいなりさんだ。飽きないのかい? 今回の目玉は桜あんぱんらしいぞ? しかし、桜もちも捨てがたい」とうらちゃん。

「わんわん。わんわんわん」

「おまえには、桜のクッキーをあげよう」

「桜のケーキもあったな」


 桜しばりなのかな。


「じゃあ、桜風味のミルクティー」

「いいねえ。ほんのり桃色のみるくてぃは、見るだけでも幸せになるからな。うらも飲もう」

「お、おいらも飲む!」




 たどり着いたのは大きな朱色の鳥居。

鳥居の向こうは、屋台が所狭しと並んで、賑やかだ。見れば、大勢のキツネがいっちょらを着て、境内を歩いている。


 キツネのお祭りなのかな。


「ああ……、貸本屋の……」


 鳥居の前で、紋付袴を着たキツネ達が、私が持っている袋を見て、頭をさげた。


「どうぞ、お通りください。まもなく、始まります」


 私は、つねたくんとうらちゃんの後ろをある歩いて行く。屋台には、桜のおいなりさん、桜もち、桜あんぱん、桜フレーバーのミルクティー、桜のわたあめに、桜色のガラスペン、桜モチーフの耳飾り……。


 「美味しそう! 一個買っていい?」というつねたくんに、うらちゃんが「間に合わなくなったらどうする。後にしろ」とぐいぐいと引っ張っていく。


 そして、大きな池の前で、立ち止まった。


 池の真ん中浮かんだ小島には、一本の大きな大きな山桜。


「綺麗……」


 ため息とも一緒に言葉が溢れる。


「早く、行かなきゃ。そろそろ、桜姫の舞がはじまる」とつねたくん。


「でも、どうやって?」

「そりゃ、桜の浮き橋で渡るんだよ?」


 つねたくんがそういうと、池に浮いていた桜の花びらが集まって、小さな浮き橋になった。私たちはその橋を渡った。山桜の前には、小さな舞台があった。私たち以外にも、たくさんのキツネが舞台のそばにいる。キツネ達は、私の持っている桜柄の袋を見ると、そっと道を開けてくれた。私はつねたくんにひっぱられて、舞台の正面に座る。


「それでは、幸せを願い、桜姫に奉納舞をお願いしましょう」


 シャンシャンシャン


 軽やかな鈴の音がして、桜の打ち掛けを着たとても綺麗な女性が舞台に現れた。そして、しずしずと、扇を広げると、舞を始めた。



 シャンシャンシャン

 シャンシャンシャン



 儚くて、強くて、幻想的な舞は、私をとりこみ、私自身が桜になったようなそんな錯覚を覚え…………。




 気がついたら、私は自分のベッドで目が覚めた。


 お腹いっぱい食べて、幸せな気持ちでいっぱいになった不思議な夜中のお散歩だった。


 夢だったのかな?


 でもね。


 ハルの口元にミルクティーの跡が残っていて、微かに桜の匂いがしたから、きっと夢じゃないと思う。


おしまい




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不思議な貸本屋 ④(KAC20234) 一帆 @kazuho21

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