第27話
「あら、薬師寺さん? もうお家の方はいいの?」
一条邸に到着すると、広い玄関先で一条母が出迎えてくれた。
「ええ、まあ。今日は、ええと、深雪さんのお父さんに用事がありまして」
「あらそう? あの人なら部屋にいるから呼んでくるわよ?」
「い、いえ、そんな図々しいことは……あの、お手隙になられたら呼んでいただければこちらから伺いますので」
この母親には、どことなく一条に近い変なオーラがある。
だからこの人の前ではいい子を演じておくほうがいい。
今ここで機嫌を損ねて地下に連れて行かれでもしたらそれこそお終い。
無事に父親の元へ行く。
昔の俺なら、父親ごと爆発して死んでやるって思っていたが。
今はそれどころではない。
まず、父親への印象を悪くして、そして嫌われてしまおう。
で、二度と家の敷居を跨ぐなと叱られて、追い出される。
そうなれば一条と離れるこれ以上ない口実となる。
娘をどうにかしてほしい、とは思ったが、よくよく考えてみたら一条の父親なんだから娘の味方をするに決まってる。
だから俺が嫌われてしまえばいい。
さて、嫌な男を演じるか。
「薬師寺さん、お父様がお呼びよ」
広々としたリビングのソファに座らされて、一条と二人で待たされているとすぐに母親が俺を呼びにきた。
「はい、それじゃ伺います」
そのまま、母親についていく。
当然一条もくるものだと覚悟していたが、何故か今回ばかりは「頑張ってね」と見送るだけ。
これは罠なのか、それとも気を利かせただけなのか。
しかし迷う間もなく俺は連れて行かれる。
案内役の母親はどんどん広い屋敷の奥へ奥へと進んでいく。
どれだけ続くのか不安になるほど長い廊下をずっと進んでいくと、途中に下へ降りる階段が見えた。
「こちらを降りるとお父様の書斎があるから」
「地下……」
「地下って言ってもすぐそこだから。さっ、頑張ってね」
もう、ここまできたら引き返せない。
一歩一歩、ゆっくり階段を降りる。
少し長めの階段を降りきると、大きな鉄の扉が。
慎重に扉を開ける。
「失礼、します」
中に入ると、ひんやりとした風が吹いてきた。
「うむ」
天井まである高い本棚に囲まれた部屋の真ん中の赤いソファにどしっと座った、白髪混じりのスーツ姿の男性が足を組んだまま。
俺をじろっと見ていた。
「君が薬師寺とやらか」
「は、はい」
威厳のあるその人は、鋭い目つきで俺を睨む。
一瞬怯んだが、すぐに思い出す。
こいつこそが親の仇。
俺が復讐したい相手そのもの。
ラスボス。
そこにある壺で頭をかち割ってやりたい。
本棚を蹴り倒して生き埋めにしてやりたい。
憎しみが、込み上げてくる。
しかし、今はそんな激情に負けてはいけない。
「あの」
「薬師寺君」
「は、はい?」
「まあ、座りたまえ」
前のめりな俺に対して、落ち着けと言いたいのだろうか。
まあ、ここですぐに感情的になるのもまた得策ではない。
大事な話だ。
腰を据えて向き合うべきだろう。
ゆっくり中に入り、彼の向かいのソファに座る。
感じたことのない座り心地だ。
金持ちめ。
さあ、こうして向き合ったのだから、言うことを言ってさっさと追い出してもらおう。
グッバイ一条。
「あの」
「薬師寺君」
「は、はい?」
「君の話はわかっている」
「……え?」
何もかも見据えたように俺を鋭く見る目の前の一条父は、俺が何を言いにきたのかわかっていると言う。
わかるはずがない、といいたいところだが見抜かれていると直感した。
そういう目をしているから。
俺にはわかる。
この人に嘘は通用しない。
「……」
「薬師寺君」
「は、はい」
「私の方から先にいいかね?」
「ええ」
息を呑む。
何を言われるのか。
娘はやらん、手を出すな、出て行け、さもなくば地下へ送るぞ。
そんなお怒りなら甘んじて受けようと。
身構えたその時、彼は口を開いた。
「子供の名前だが、男なら相馬、女なら真子がいいと思うんだが」
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