第26話
週末がやってきた。
これは俺にとっての終末かもしれない、なんて冗談が飛び出すくらいにまだ俺にはほんのわずかな余裕が残っている。
昨日はキレた一条に謝り倒したあと、何故か一条は家に帰ってしまった。
もちろん俺の腕輪はついたまま。
GPSをつけられているので下手な真似はできないが、それでも部屋で一人ゆっくりできる時間は快適そのものだった。
で、その間にあれこれと考えた。
デート当日のこと。
もし一条が本気ならその日が俺の独身最後の日となる。
そしてほどなく子作り。
もし順調にいけば来年にはパパだ。
そんなことになってしまってからでは遅い。
俺は詐欺師を名乗るだけあって、嫌いな奴の人生はめちゃくちゃにしてやりたいと本気で思っている。
ただ、子供ができたら話は別だろう。
自分の子供にまで苦労をかけるなんて非人道的なことはできない。
俺と同じ道を歩ませたくない。
だから子供ができたらダメ。
ただ、結婚してしまったらそういうことを拒否するのも難しくなる。
ていうか、無理矢理にでもさせられる。
子供、できちゃう。
それだけは避けないと……。
「薬師寺君、迎えにきたよー」
朝日が昇る前に、一条は俺の部屋にやってきた。
「あ、おはよう一条さん」
「ふふっ、そうやって呼ばれるのも今日限りだね」
「え、ええとどういうこと?」
「だって、入籍したら私も薬師寺になるもの。あ、だったら私が薬師寺君って呼ぶのも今日が最後かな。蓮夜って呼ばないと」
「……」
「私のことも深雪って呼んでね。ねっ?」
「う、ん」
「うんじゃなくて、深雪だよ?」
「深雪……」
「えへへっ、なんか楽しいね」
「……」
ちょっとだけ、楽しいと思ってしまった。
もちろんすぐにそんな邪念は振り払ったが。
このままだと、いつものように彼女のペース。
そして今日だけは、一条のペースに乗せられたままだとそのまま地獄へ連れていかれる。
問題はどこまで譲ってどこからは譲らないようにするかだ。
多分このあと役所には行く。
それはまあいい。
だが、婚姻届は書かせない。
そのためにはどうするかだが。
「あの一条」
「深雪だよ?」
「……深雪、ちょっと寄りたいとこがあるんだけど」
俺は提案した。
まず、俺が行きたい場所があると。
「うん、どこ?」
「……婚姻届を出すなら、その前にちゃんと君のお父さんに挨拶させて欲しい」
これは賭けだ。
もしこの賭けに負けた時は、もう俺は結婚するしかない。
まず、そもそものところでこの俺の要求を一条が飲むかどうか。それが賭けだったが。
「……嬉しい。ちゃんと、私たちの将来を考えてくれてるんだ」
「う、うんもちろんだよ。じゃあ、いいの?」
「もちろん。今日は家に帰ってきてるから家まで行こ?」
「ああ」
第一関門は突破。
そして俺は、親の仇である一条の父のところへ向かう。
復讐のために、ではなく。
娘をどうにかしてもらうために。
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