第22話

「……よし」


 葛藤はさまざまあった。


 布団に入ってすぐ、追いかけるように俺と同衾する一条の甘い香り、そして触れずとも伝わってくる体温に頭をクラクラさせたことは言うまでもなく。


 が、しかし。

 俺は積年の一条家に対する恨み、そして復讐にかけてにた思い、執念を思い出して耐えた。


 据え膳、どころか飢えた獣の眼前にステーキを出されたような状態でも耐え抜いた。


 そしてようやく眠気が訪れた。


 長かったがこれで今日という日は無事逃げ切れた。


 明日のことは明日考えようなんて、そんなズボラな発想は嫌いなのだが今ばかりは仕方ない。


 とにかく明日に繋がねばならなかった。

 今ここで一条を押し倒しても何も始まらないし何も終わらない。


 仮にそれがある種のハッピーエンドだとしても。


 ハッピーエンドのその先も続いていくのだ。


 そして待つのは地獄だ。


 俺はこいつらを地獄に落とすまではまだそちらへは行けない。


 そして今はとにかく夢の中へ行くことが先決である。

 

「……」


 幸いなことに一条も静かだ。

 俺は今、彼女に背を向けているのでどういう状況かわからないが、彼女の息遣いは布団の中で聞こえてくる。


 もう、寝たのかもしれない。

 初デートまでは何もかもお預け、か。

 もしかしたらその言葉も嘘の可能性すらある。


 一条は超がつく箱入り娘だ。

 誘惑してきて、淫らな女を演じていたものの本当は男とそういう行為をするのが怖いんじゃないか?


 ははっ、そう考えるとこいつも大したことないな。


 明日は一条より先に起きて朝ごはんでも作っておいてやるか。


 優しいふりをして、嫁失格だなと嘲笑うように朝食を出してやる。


 ふんっ、そうと決まればもう眠るまで。


 おやすみ……。





「寝た? 薬師寺君、寝た? あはっ、寝た寝た」


 初デートまで何もさせないって言ったら安心した寝ちゃうなんて。


 ちょっと傷つくなあ。 

 手、出してくれていいのに。

 でも、私が嘘をつかないって信用してくれてることについては、ちょっと嬉しいかも。


「だけどね、私って嘘つきなの」


 そっと、彼の肩を持って寝返りさせると、彼の寝顔がこっちを向く。


 すっかり夢の中だ。

 可愛い寝顔。


「ふふっ、あなたのファーストキスはいただくね」


 そっと口付け。

 そしてだんだんと深くへ。


「……ちゅる」


 少し垂れた唾液を啜る。

 悪いことをしている気分が、私を興奮させる。


「えへへっ、初めてキスしちゃった。あと、私の初めても全部あなたのものだからね。さすがに寝てるから……そうだ、少しだけサービスね」


 ジャージを脱ぐ。

 そして裸になる。


 そのまま、彼に抱きつくと、彼の体温がそのまま私に伝わってくる。


「ふふっ、先に起きるのは私かな、それとも薬師寺君かなあ? 先に起きて、私の生まれたままの姿を堪能してくれてもいいんだよ」


 そうしたらきっと、我慢できないよね?


 明日が楽しみ。


 おやすみ、薬師寺君。


 

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