第21話

 頭の中が真っ白になったあと、俺は気がついたらベッドの上に寝そべっていた。


 そしてなぜか一条も隣に。

 俺のジャージを着たままだけど、部屋中に甘い香りを振りまいていた。


「……あれ?」

「薬師寺君、ドキドキしてる。ねっ、このまま一緒に寝よっか」


 俺はふと我に返った。

 一条は俺の胸におでこを当てて、俺の鼓動を聴きながら甘い囁きを投げかけてくるが。


「ま、待った待った! まだ俺、眠たくないから」


 慌てて飛び起きると、キョトンとした表情で一条が俺を見てくる。


「どうしたの? 一緒に寝たくないの?」

「そ、そうじゃなくて……ええと、そ、そうだ! せっかく二人っきりなのにもう寝ちゃうのはもったいないなあって」


 早く寝て朝になってほしいのが本音だが、このまますんなりと眠らせてくれるとも思えない。


 だから苦し紛れにそんなことを言うと、一条はニヤッと笑う。


「そっかあ、そうだよね。私も、もっと薬師寺君とお話したいって思ってたの」

「そ、そうなんだ。奇遇だねそれは。じゃあ、とりあえず布団から出よう」


 危機一髪。 

 あのまま流されていたら俺は今頃一条と……いや、しかし布団から出たところで問題が解決したわけではない。


 下着をつけていないと、一条は言った。


 つまり俺のあのジャージの下には一条の肢体が。

 いかん、想像するな。

 

 俺はチラリズム的なものに弱いから、裸を見せられるよりも今のシチュエーションに脳を破壊されそうだ。


 ヤバい、気になる。

 あの少しずり落ちそうなズボンがもう数センチ下がったら……あの薄手の上着のファスナーを下げたら……いかん、考えるな。


「どうしたの薬師寺君? お話しないの?」

「ち、近い……」

「もしかして、下着つけてないこと怒ってる? ジャージ汚しちゃったから? 嫌だった?」

「い、嫌とかじゃないけど……」

「じゃあ、もしかしてえっちな想像してる? いいよ、薬師寺君なら見ても」

「!?」


 ジャージのファフナーに手をかけてゆっくりそれを下げようとする一条に、俺は言葉を失う。


 色仕掛けに引っかからない自信はあったのに。

 こういう日のために、アダルトなビデオをただ感謝するだけという地獄のような訓練も日々行ってきたというのに。


 生身の女の子の破壊力をなめていた。

 あと、一条がセクシーすぎて頭が沸騰しそう。


 これはヤバい。

 人間に備わっている理性なんかよりも、その奥底にある遺伝子レベルで体に染み込んだ男の本能ってやつが目を覚まそうとしている。


 だめだ、これ以上はダメだ。


「ま、待った待った!」


 俺は最後の力を振り絞って一条から距離をとった。

 吸い込まれそうだった体を無理矢理のけぞって壁際へ後退りすると、一条はまた、不思議そうに俺を見る。


「どうしたの? 私、何かした?」

「い、いや別に何も……」

「ふふっ、変な薬師寺君。でも、私は見られてもいいとは言ったけどエッチなことはまだお預けだよ?」

「……別にそういうことをしようとしたわけじゃない」

「ほんとかなあ? 初めては初デートまでお預けだよ。ねっ、これから何する?」

「……眠たくなってきた、かも」

「そう? じゃあお布団いこっか」

「……ああ」


 一条はどうやら、今ここで俺を押し倒すつもりはないらしい。

 それがわかれば一安心だと、俺は再びベッドへ。


 しかし、ここからは俺自身との勝負だ。


 こいつの甘い香りと淫らな格好に惑わされず一晩を過ごす。


 それができれば俺の勝ち……なのか?

 


 


 


 

 

 

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