第20話


「しかし風呂、長いな」


 一条が風呂場に向かってから早一時間。


 まだ出てくる気配はない。

 まあ、時々バシャバシャと水が跳ねる音なんかが壁越しにかすかに聴こえてくるので風呂場で倒れてるとかではなさそうだが。


 いや、この際そうあってくれてもいいんだけど。

 そんなことで一条が苦しんでも本当の意味での復讐にはならない。

 恨みがあるからといって物理的に傷つけるだけでは、ただ暴力で解決しようとする一条とやってることが変わらない。

 

 あくまで俺は計画的かつ知略的に。

 この手であいつを苦しめてやって、その両親にも……って、そういえばさっき母親が目の前にいたんだったな。


 脱出したいあまり、仇そのものとの対峙を疎かにしてしまった。


 反省せねば。

 今は一条がメンヘラとはいえ順調に計画が進んでいる部分もあるんだし。

 

「出たよ?」

 

 気を引き締めていたところで、一条が風呂からあがり部屋に戻ってきた。


 もちろん、裸やそれに近い格好で誘惑してくることも想定して身構えていたのだが、なんてことはないジャージ姿に少しホッとする。  


 いや、そのジャージは?


「もしかして俺の?」

「うん、着替え忘れたから借りちゃった」

「そ、そう。でも、脱衣場に置いてたのよくわかったね」

「ふふっ、洗面台のとこだよね。すぐわかったよ」

「そ、そうなんだ」


 着替えを忘れたのはともかくとして、平気な顔で人の服を着れるあたり、こいつは普通のお嬢様とは一線を画す。

 こういうことをすれば男が喜ぶと思ってやっているのだろう。

 まあ、普通の男であれば一条のような美人が自分のジャージに袖を通して部屋にいるなんてのは、眼福というか感無量というか、なんだろうけど。


 俺はそんなことでは動揺しない。

 別にジャージくらいくれてやる。


「ねっ、やっぱり大きいね。薬師寺君の服、ブカブカ」

「……まあ、体格はいい方だから」


 萌え袖状態で両手を広げて可愛いアピールをする一条に俺は冷静な目を向ける。


 可愛いのはわかるし、普通の男なら欲情しても仕方ないレベルの状況だということはわかっているが、俺はそんなことにはならない。


 少し緩めのジャージのズボンがずり下がりそうになるのを手で止める一条を見ても、ムラッとなんてしない。


 下着姿を想像したくらいでいちいち興奮していたのでは復讐なんて果たせない。


 そんなもので俺は……。


「ねっ、隣いい?」

「う、うんいいよ」


 隣に一条が座ると、ふわっと甘い香りが漂う。

 おそらく風呂場のシャンプーを使っただけなのだろうけど、どうして女の子ってのはこうもいい香りがするのか。

 

 い、いやいやしかしそんなことくらいで動揺するか。


 俺は何をされたところでお前みたいな顔がいいだけの女に心動かされたりはしないからな。


「薬師寺君、どうして静かなの?」

「べ、別に。なんでもないよ」

「もしかして、ドキドキしてる?」

「そ、そんなこと、ないけど」


 ジリジリと距離を詰めてくる彼女に対し、ぎこちなく答えると。


 耳元で一条が息を漏らすように呟いた。


「今、下着穿いてないよ?」


 

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