第17話

「うん、美味しい。ねっ、うちのシェフの料理っておいしいよね」

「……うん」


 さっきからずっと、食事どころではない。 

 手首に取り付けられた謎の腕輪を外そうと試みているのだけどどうやっても外れる気がしない。

 GPSだと?

 そんなものを一生つけられる生活なんて耐えられるわけがない。


 早くこれをどうにかしないと。

 行動を全て把握されてしまったのでは、俺の詐欺師としての本領が発揮できない。


 裏で友人を使ってあれこれ画策することもままならない。


 くそっ、どうなってんだこれ。


「薬師寺君?」

「あ、ごめん。なんかちょっと手首がかゆくて」

「そ? ならいいんだけど。でも、その腕輪はダイヤモンドが芯になってるから外れないし壊れないよ。ふふっ、一生ね」

「ダイヤモンド? いや、なんでそんな高価なものまで」

「ダイヤモンドはそんな大した値段しないよ? それに、お金で安心と安全が買えるならプライスレスだよ」

「……」


 どうやら俺の信用はお金で買われたらしい。

 ただ、こんな意味不明な腕輪を一生つけっぱなしというのはこれがGPSでなくても嫌なもの。

 だから外したいのに。

 外れない。

 びくともしない。


「薬師寺君?」

「あ、いや、もうお腹いっぱいになってきたなあって」

「お腹いっぱい? じゃあ、お部屋に戻る?」

「……一度家に帰りたい、って言ったら怒る?」


 思い切って聞いた。

 もちろん、「なんでー?」とイライラしながらそっと手にフォークを持つ一条が迫ってきたが、言い訳は用意してある。


「ま、枕が自分のものじゃないと俺、寝付けないんだよ」


 稚拙な言い訳だったが、もうこれくらいしか俺が家に帰らなければいけない理由が見当たらなかった。


 ただ帰りたいでは怒らせるだけだし。

 祈るように、一条を見る。


「……枕、同じもの買ってきたらダメ?」

「使い慣れたものがいいんだよ。それくらい、ダメかな?」

「うーん、薬師寺君の言いたいことは分かるしなあ。私も、いつも使ってる寝具じゃないと落ち着かないのはわかるし」

「だ、だよね? だからご飯終わったら一度家に送り返してくれないかな?」

「うーん、どうしようかなあ」


 なんとなく理解を得られそうなので俺は前のめりになった。

 ただ、ここで焦りは禁物。

 使いの人間に取りにいかせるなんて言われたらそれまでだし。


「あの、それに忘れ物がないか見にいきたいしさ」

「薬師寺君、もしかしてずっとここにいてくれるつもりなの?」

「……え?」

「やだ、そんなに私とずっと一緒にいたいって思ってくれてたなんて嬉しい……。うん、それならいいよ。今から薬師寺君のおうちに帰ろ?」

「う、うん」


 なんか話が変な方向に向かっている気がしたが、それでもとりあえずこの監獄から出る許可が出たので今は深くつっこまないことにした。


 すぐに使いの人間が来て、俺たちは外へ。


 外の空気は澄んでいた。

 少し薄暗くなった空を見ながらしみじみ。


 まだこの家に来てから何時間も経過していないのに、数日ぶりに外の空気を吸った気分だ。


「じゃあ車乗って。私も一緒にいくから」

「い、いいよそんなの。用事をさっさと終わらせてくるから」

「ううん、いく。私も手伝うね」

「……まあ」


 どっちにせよ、俺にはGPSがつけられている。

 だからこのまま逃げることは不可能だし、ついてくるのは致し方ないかと。


 一緒に車に乗り込んだ。


 そしてすぐに発車。


 なんとか無事に家に帰れると、胸を撫で下ろしていた俺。

 しかしそんな俺の隣で一条は。


 小さくつぶやいた。


「もう、あのマンション必要ないね」

 


 

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