第16話
「二人とも、食事ができたわよ」
ベッドに腰掛けてしばらく。
一条が俺の手を握ってじっと見つめる時間に苦痛を覚えていた頃、助け舟のように呼び声が聞こえた。
「もう、お母さんったら。薬師寺君、どうする?」
「いや、せっかく食事作ってくれたんならいかないと」
「真面目なんだ。でも、そういうところも……好き、だよ?」
その上目遣いはあまりに強烈すぎて、一瞬親の仇の娘だということを忘れてキュンとしてしまった。
が、すぐに冷静になる。
俺は詐欺師だ。
こいつを騙して、落として、堕とす。
それだけが生き甲斐の、嘘つき野郎なんだ。
恋愛なんてするもんか。
ていうか、するにしてもこんなメンヘラは嫌だ。
「ふふっ、なんか結婚のご挨拶に来てくれたみたいだね」
まだ付き合ってもいないはずなのに平気な顔でそんなことを言う一条は完全に病んでいる。
こんな女に恋愛なんかさせたら被害者が増えるだけだ。
俺がこいつの息の根を止める。
まあ、殺すわけではないが二度と恋愛できないようにさせてやる。
「あら、二人とも仲良いわね」
一条に手を引かれて連れて行かれたのは家の奥の方にある広い部屋。
大きな扉を開けて中に入ると長いテーブルが置かれていて、その上には白のテーブルクロスと煌びやかな食器の数々。
で、いい匂いがするその部屋の一番奥の席に一条母が座っていた。
俺たちを見て微笑む彼女。
しかし、俺はクスリとも笑わない。
笑えない。
人を踏み台にして、こんないい生活を送っているなんて考えただけで虫唾が走る。
「失礼します」
俺は敢えて一番手前の席に。
一条は当たり前のように俺の隣に。
すると、タキシード姿の男性が次々と料理を運び始めた。
テーブルの上の食器にスープやサラダを並べ始める。
「さあ、お父様はもう少しかかるようだから先に食べましょう。薬師寺さん、遠慮せずにいっぱい食べてくださいね」
「……いただきます」
「あら、お気に召さないのかしら? それならやっぱり地下」
「いただきます!」
威勢よく発声して目の前のサラダをフォークでぶっさす。
今はまだ逆らえない。
一条母が地下というワードを発した瞬間、ほんの一瞬だったが先程まで料理を運んでいた黒服が胸元から何かを出そうとしていた。
凶器か、それとも捕縛する道具か。
なんにせよ、今は穏便に。
俺は詐欺師を自称するだけあって会話術には自信があるが、格闘に関してはさっぱりだ。
今は耐えろよ。
「うん、美味しいです。このサラダにかかってるドレッシングなんかも、やっぱり自家製だったりするんですか?」
「あら、いいところに気づくのね。さすが薬師寺さん、娘が選んだ人だけあるわね。うちで使う食材はね、調味料なども含めて全部自家製なの。地下にある工場で毎日うちの職員さんたちが一生懸命作ってくれてるのよー」
「地下……」
「でも不思議よね、人って選択肢ひとつでこれを味わう側と作る側に分かれるのだから。薬師寺さんは、どっちがいいかしら?」
「……食べる方が好きです」
「よねー。深雪、薬師寺さんはいい人ね。逃したらダメよ」
「お母さんったらー。でも、大丈夫。私、絶対にこの人逃がさないから」
「ふふふ」
「えへへ」
二人が笑う。
そして空気を読むように黒服たちも笑う。
で、なぜか奥と手前二箇所にある出入り口の前に黒服たちが立つ。
俺を逃すつもりはない、ということか。
なるほど、それで俺を取り込んだつもりか。
ならそれでいい。
しばらくそっちの術中にはまったフリを演じてやる。
そして警戒心が解けた頃に隙をみてバッサリいってやる。
ふっ、俺をなめるなよ。
「薬師寺君」
「ん、なにかな一条さん?」
「もう、私たちは家族だね。だから、これつけるね」
「え? あ、こ、これは?」
急に腕に何かをつけられた。
腕輪?
「GPSだよ。これ、死ぬまで外れないから」
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