第14話
本来の目的をすっかり忘れかけていたが、俺は一条財閥に復讐をしたかったのだ。
その事実を再認識したのは、一条と二人で仲良くスーパーを出た時。
入り口の前に堂々と止められた黒塗りの高級車から降り立った婦人の姿を見て、ハッとした。
「おかえりなさい深雪。それと、あなたが噂の彼ね」
調べによると今年四十歳とのことだが、どう見ても一回りは若く見える美人な女性。
顔立ちは親子とあって一条と似ているが、年齢差を考慮しなければ母親の方が美人ではないかと思えるほどのオーラがある。
一条由紀子。
一条財閥の副社長。
そして俺の両親の仇。
「……はじめまして。薬師寺蓮也です」
敢えて薬師寺の姓を強調した。
理由は言わずもがなだけど、しかし向こうはなんの反応も見せずに「娘がお世話になってます」とニコリ。
「お母さん、お話はあとでゆっくりしたらいいから。早く車乗せてよ」
「はいはい。じゃあ二人とも乗って」
俺は言われるがままに後部座席に乗る。
当然、一条も俺の隣に。
そして運転手は一条の母親。
まさに向こうのテリトリー。
しかし、虎穴に入らずんば云々というではないか。
多少のリスクは承知の上。
どうせ送迎なんて、すぐそこの俺の家までのこと。
そしてその間にクズ男を演じて幻滅させてやる。
「ねえ、薬師寺さん」
車が走り出してすぐ。
一条母が俺に喋りかけてきた。
チャンスだ。
「はい、なんですか?」
「先に言っておきますけど、深雪は大切な一人娘です。もし遊びだとしたら」
ほら来た。
よし、次の信号で止まった時に言ってやろう。
娘さんとは遊びだからと。
そして車を降りて逃げてやる。
「あの、お母さん」
「薬師寺さん、もし娘を弄んでいるのならこれから一生地下収容所暮らしですから覚悟してね」
「ははっ、地下収容所とは怖いですね……収容所?」
「ええ。この車はあなたの態度次第で行き先が変わります。もし娘が言うような誠実な方でしたらいいのですが、私から見て不誠実な点が感じられたらあなたは地下深くの収容所でその生涯を終えることとなるでしょう」
「え、ええと……か、監禁するってことですか?」
「いえ。強制労働を死ぬまで。大丈夫です、あなたの給料については、これから弁護士と相談して娘を傷つけた慰謝料を請求し確定させた後に、それを弁済する形であなたの給料と相殺しますから。労働基準法にすら違反せぬよう努めます」
「な、何を言ってるのか僕には」
「で、どうなの? 娘とは真剣交際かしら?」
前を向いたまま、澄んだ声で俺に問いかける一条母。
しかし俺にはわかる。
今、生半可な返事をしたら死ぬと。
絶命こそしなくとも、俺の生涯は今ここで終えるのだという確信が、本能的に感じ取れてしまう。
……しかしここで引くわけにもいかない。
ここで媚びるのは簡単だが、こういう輩は一度の失言をいつまでも引っ張ってくる。
余計なことは言うな。
黙秘だ。
「……」
「あら、黙秘? それとも緊張してるのかしら? でもまあ、答えられないっていうことはこのまま地下に」
「真剣です」
「あらそう? ならよかったわ」
黙秘権なんてなかった。
運転席からとんでもない圧力を感じ、俺は折れた。
「深雪、よかったわね。いい人そうで」
「でしょ? だからお母さん、早く家に帰りましょう」
「そうね。お父様も待ってるわけだし、急がないと」
「ま、待ってください。家って俺の家じゃないんですか?」
「何言ってるの薬師寺君? 今から私の家に行くのよ? 両親に薬師寺君のこと紹介したいから」
「ええ……」
なんということだ。
今俺は、なんと一条財閥の本丸に招かれようとしている。
これはチャンス……いや、やばい気しかしない。
しかし、扉が開かない。
さっきからずっと車の扉を開けようと試みているがさっぱりだ。
鍵の位置もわからない。
どうする俺……いや、ほんとどうしよ?
「薬師寺君」
「は、はい?」
「緊張してる?」
「……まあ」
「ふふっ、かしこまらなくていいのに。それより、真剣だって言ってくれて嬉しかった。早くお母さんたちに孫の顔、見せてあげようね」
「……」
俺たちを乗せた車はどんどん郊外へと向かっていく。
果たして俺がたどり着くのは天国か地獄か。
なんか俺、復讐するつもりがやられっぱなしじゃないか?
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