第12話

 二人っきりになった。

 なってしまった。

 やってしまった。

 早く大通りに出なければ。


「ねえ、なんでそんなに急ぐの? ほかに用事があるの?」

「……あったらダメなんだよね?」

「うん、だめ。あ、でも別にいっか。その用事に関わる人ぜーんぶ殺すから」

「……ありません」


 なんて危険思想なんだと震えもしたが、そこに関してはまあ、なんというかある種納得いく部分もある。


 なにせこいつの親はあの一条財閥のトップ。

 我が家をめちゃくちゃにした冷徹な経営者だ。


 だから目的のために他人を犠牲にするというその姿勢は親譲りなのだろう。


 そういうお前も地獄へ送りたくなってきたぜ。


「薬師寺君」

「は、はい」

「浮気したら地獄行きだよ?」

「し、しません!」

「うん。わかってるならいいの」

「ふう……」


 ただ、今の状況では先に地獄の門を叩くのは俺になりそうだ。

 それは避けねばならない。

 行くならせめて道連れに……いや、こんな女と地獄を共に歩くのは嫌だ。

 仮に天国に行けても地獄だ。

 なんとしてもそれは回避せねば。


「薬師寺君」

「な、なに?」

「もうすぐスーパー着くけど、食べたいものは決まった?」

「そ、そうだね。パスタとかどうかな?」

「いいよ。でも、なんでパスタがいいの?」

「え? いや、理由は特に」

「もしかして昔の彼女が作ってくれた思い出の料理とか? だとしたら私」

「ち、ちがうちがう! ていうか元カノとかいないから」

「今カノがいるとか?」

「そ、それもないって」

「じゃあ私しかいない?」

「う、うん」

「ふふっ、よかったあ」


 ちょうど大通りに出たところで彼女は嬉しそうに笑いながら、両手をぐんとのばして間延びした。

 その時、彼女の右手には小瓶のようなものが。


「一条さん、それは?」

「え? あ、これはお薬だよ」

「おくすり?」

「うん。おくすり。薬師寺君にたかる蝿に飲ませようかなって」

「は、はえ?」

「それとも薬師寺君が飲む?」

「い、いえ大丈夫ですどこも悪くないです」

「そ? ならいいけど」


 チャラっと音を立ててその小瓶をポケットに戻すと、一条は俺の方を見ながらくすくす笑う。


「何かおかしいことした?」

「ふふっ、ごめんなさい。でも、どこも悪くないからお薬飲まなくていいっていうのはちょっと違うなあって」

「え、だって悪いところがあるから飲むんじゃ」

「んーん、違うよー?」


 そよそよと吹き付ける風に髪を靡かせながら一条は笑う。


 そして、俺の方を振り向くと、ポケットにしまった小瓶を俺の顔に近づけながら。


 こう、言った。


「悪いことが起きるのを未然に防ぐために、お薬はあるんだよー?」


 

 

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