第11話


「……」


 満腹な胃を空かせるために少しキャンパス内をうろついているが、なぜか一条は俺の少し後ろを歩いてついてくる。


 不気味だ。

 いや、ついてくるのがではなく、何故俺の隣に来ないのか。


 いやいや、きて欲しいわけじゃないぞ。

 むしろもっと離れてほしい。


 ただ、離れて歩かれると何かあるんじゃないかと不安になる。


「……あの、一条さん?」

「なに?」

「あ、いや……どうして後ろを歩いてるのかなって」

「もしかして、寂しい? 寂しいの? 寂しいんだ?」

「え、いや、あの」

「ふふっ、薬師寺君って可愛い。ねっ、手、繋いでもいいかな?」

「あ」


 サッと俺の隣に一条が追いつくと、俺の左手にするりと彼女が指を絡ませてきた。


 恋人繋ぎだ。


「ふふっ、みんな見てるよ。ドキドキするね」

「そ、そう、だね……一条さんって、案外積極的なんだ」

「ううん、恥ずかしいよ。でも、薬師寺君が他の子に目移りしたら困るから見せつけておかないとね」


 まさに見せつけだ。

 キャンパスには暇を持て余した連中がウヨウヨいて、俺の知り合いもたくさんいて。

 男はみんなニヤニヤしながら俺を見ている。

 女はみんな悲壮感たっぷりに俺を見ている。


 ある意味で俺の望んだ展開ではある。

 一条と付き合って、皆に祝福されて、周りからもお似合いだと持て囃されて幸せに包まれて。

 そんな幸せの絶頂に達したところで俺は彼女をフる……計画だった。


 が。


「薬師寺君」

「は、はい?」

「もし私を捨てたら、どうなるかわかる?」

「ど、どうなるんですか?」

「死ぬから」

「……社会的に、とかじゃなくて?」

「うん。絶命するから」

「ひっ……」


 この女は本気だ。

 本気で俺を殺すに違いない。

 復讐を遂げたところで俺に待つのは死。

 もうこれ、詰んでる気がする。


「もしかして捨てるつもり?」

「そそそ、そんなこと、あるわけないじゃん」

「だよねー。うん、薬師寺君優しいもんね。じゃあ、ちゃんと約束守ってね」

「や、約束?」

「守れないの?」

「ま、守ります!」


 ずっとこんな調子だ。

 終始圧倒されている。

 おかしい、明らかに俺の方が試合巧者だったはずなのに。


 なぜこうなった?

 いや、そもそもなんでこいつはこんなに俺に固執する?

 本当に一目惚れか?

 何か裏が……いや、こいつは超がつく金持ちの娘だから金銭目的はない。

 それに超がつく美人だから男に困ることもないだろうし。


 わからん。

 何がどうなってこうなってんだ?


「薬師寺君」

「は、はい?」

「夕食は何食べたい?」

「……あっさりしたもの、かな」

「わかった。じゃあ、このまま買い物行って帰ろっか?」

「またうちにくるの?」

「行ったらダメなの?」

「……大丈夫です」


 とにかく今は従うしかない。

 復讐を果たす前に殺されたのでは元も子もない。

 ていうか死にたくない。

 今は泳がされてるフリをして、その時を待つのだ。


 こいつから逃げられる機会を。

 もう、復讐云々より早く別れたい。

 多分付き合ってないけど、別れてほしい。


「ふふっ、なんか明るいうちにおうちに帰るのってドキドキするね」

「……いつもは帰宅は遅いの?」

「え、心配してくれてるの? ふふっ、大丈夫だよ。ピアノの練習とかそういうので遅くなってるだけだから」

「ああ、なるほど。ええと、今日は習い事とかはないのかな?」

「それがね、もうお嫁さんに行くからそういうのは全部辞めるってお母さんに話したの。だって、女の子が自分を磨くのっていいお婿さんを捕まえるためだもんね。もう私には必要ないもの」

「ああ……」


 習い事しといてくれよマジで。

 それに自分磨きはモテる為以外にする人いるだろ。

 もっと努力しろ。

 ピアノ弾け。

 頼むから。


 帰ってくれ……。


「じゃあ、スーパーに向かお」


 すれ違う学生たちに見られながら大学を出る。

 前の通りにはまだそれなりの数の学生がいたが、それも大学から離れていくと段々と少なくなっていく。


 そこでようやくホッとした。

 あんまり人前で露骨に女の子とイチャイチャするのは人としてマイナスだから。


 でも、すぐに気づく。

  

「しまっ……」

「ふふっ、人がいなくなったね」


 二人っきりになるとメンヘラはその本性を発揮する。

 だから人混みを求めて大学に来たはずなのに。

 

 やばい。

 

「薬師寺君」

「……はい」

「人がいないね」

「そ、そうだね。早くスーパーに」

「ううん、ゆっくりね」


 急ごうとする俺の手を掴んで彼女は足を止める。


 そして、日差しに目を細めながら。

 照れるように俺を見て、言う。


「二人っきり、だね」


 

 

 


 

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