第10話

 夕刻。

 俺は今何をしているかというと、まだ中庭にいた。


「薬師寺君、あーん」

「も、もう食べられません……」

「え、私の作ったものが食べられないの? やだっ、私死ぬ!」

「あーもういただきます! んぐっ、ぐっ、げっ、げふっ」


 まるでサンドイッチが沸いてくるかのように無限にバッグから出てくるのである。

 そしてそれをひたすら食わされ続けて、吐きそうになっているところ。

 これはそう、拷問である。


「ふふっ、もうお腹いっぱいになった?」

「う、うん……もう、食べられません」

「それはお腹いっぱいだから? それとも私の作ったものだから?」

「お、お腹いっぱいだから本当は食べたい気持ちでいっぱいだけど苦しくて、です……ぐえっ」

「そっか。じゃあ、残りは明日に置いておくね。ちょっと休んだら帰りましょ」

「は、はひ……」


 都合約四時間ほどの拷問をようやく俺は耐えきり、乗り越えた。


 やっとサンドイッチから解放された。

 もう一生サンドイッチなんて食べたくない。


「ふふっ、いっぱい食べてくれたからこれからは毎朝サンドイッチにしようかな。一生、作ってあげる」

「……」


 しかしなぜか一生分のサンドイッチの予約が入ってしまった。

 無理だ。

 このままこいつといると死ぬ。

 なんとか早くこいつから離れる方法を考えないと……。


「あのさ一条さん」

「あのね薬師寺君」

「……なに?」

「薬師寺君こそ、もしかして今日は友達とご飯の約束があったから解散しようなんて言わないよね? それとも、趣味のジム通い? それなら私も一緒にいくから」

「……なんで俺のジム通いを知ってるの?」

「えへへ、これから私の伴侶になる人だもの。知らないことがあったらおかしいよね」

「……」


 いや、おかしいのはお前だよ。

 普通、夫婦間でだって秘密の一つ二つあるというか、全てを曝け出す必要なんてないだろ。


 しかも知り合って間もない関係なのに、なんで俺にそんなに詳しい?

 こいつ、もしかして昨日のうちに俺のことを調べたのか?

 だとすれば俺の素性も……ふむ、試してみるか。


「……あの、一条さんは薬師寺鉄鋼って聞いたことある?」

「? 初耳だけど。薬師寺君のおうち?」

「え、いやまあ、昔親父が経営してただけだよ。ほんとに知らない?」

「うん。知らない」


 実につまらなさそうに、そっけなく答える一条を見ると俺はそれ以上踏み込んだ質問はできなかった。


 こいつの機嫌をまた損ねるのは嫌だ。

 今は穏便に済ませつつ、どうやって逃げるかだけ考えなければ。


 にしても、俺のことを調べ上げてるくせに俺の実家の事情は知らないなんて、ほんと身勝手なやつだ。


 お前の両親が俺の家族を無茶苦茶にしたってのに。


 やっぱり、捨ててやる。

 こんな女、こっぴどくフってやって、そんで俺は海外へ逃げてやる。




♡♡


「……てへっ」

 

 私から逃げるように少し先を歩く彼の背中を見ながら私は思わず笑っちゃった。


 私の運命の王子様。

 彼は覚えてないみたいだけど、私たちは小さい頃に会ってるんだよ?


 それは確か……そう、薬師寺君の実家の工場の近くにうちの会社の支店ができた時だったかな。


 業種が同じということで挨拶に行った時。

 私、あなたに一目惚れしちゃったの。


 で、親におねだりして。

 工場ごと、買収してもらっちゃった。


 まあ、さすがにうちの親もそこまで私に甘くないから、高校生までの間は学業に専念する約束をさせられたのはちょっと苦しかったけど。


 毎日毎日、毎日毎日あなたのことを考えて過ごしてきた。

 どこの大学を受けるのかも、ちゃんとあなたに情報が渡るようにしむけて。


 買収だったことを隠して、あなたが私たちを恨んで復讐に来てくれるようにして。


 ちゃんと、きてくれた。

 やっぱり私の目は間違ってなかった。


 えへへっ、薬師寺君は私のお婿さんになる人だからね。

 ちゃんと私の気持ちを理解して、ついてきてくれる。


 今は復讐心たっぷりなあなただけど。

 私の愛情でたっぷり包んであげる。


 あの時の約束、覚えてるよね?

 私にあなたが、してほしいことあるかって聞いてくれた時に言ったこと。


「再会したら結婚しよーねー」

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