第9話
「薬師寺君、初デートのプラン聞きたい?」
中庭で昼食をとっているところで不意に一条がそんな質問をしてきた。
ちなみにランチはサンドイッチ。
これがうまいから文句を言う隙もないと困っているところでそんな質問をされたので俺は戸惑ってしまい、
「う、うん」
思わず頷いてしまった。
しまった。
「ふふっ、気になるんだ。いいよ、教えてあげる」
「ど、どこに行くの?」
聞きながらドキドキした。
もちろんこの胸の鼓動はワクワクした気持ちではなく不安からくるもの。
一体メンヘラは俺をどこに連れていきたいのか予想もできない。
でも、こういう時は最悪のパターンを考えておけば案外そうでもない結果に落ち着くもの。
個室でカラオケか、それともいきなりラブホテルとかか。
はたまた結婚祈願のための神社とか……。
「正解はね、病院だよ」
「……病院?」
「うん。いい産婦人科を見つけたから一緒に見に行こうかなって」
「……初デートで?」
「初デートだからだよ? だって、一年後には出産なんだから。ねっ、大事なことでしょ?」
「……」
何を言ってるのかよくわからない。
俺がいけないのだろうか。
一度整頓してみよう。
初デートの一年後には子供を産むから、だから初デートには産婦人科に……
「はあ!?」
「どうしたの? もしかして薬師寺君は自宅にかかり医を呼んで出産が希望? 案外古風なんだね」
「いやいやそうじゃなくて! 何子供って?」
「私たちの子供だよ? 男の子なら明日馬、女の子なら明日香にしようかなって」
「名前……」
「ダメ? 可愛いと思うんだけど」
「いや……」
なんか気分が悪くなってきた。
子供云々の話以前に俺はまだそういう行為すらしたことがない。
それに一条も、おそらくまだ未経験のはず。
まあ、こいつが裏でどんな男と何をしていても別に構いはしないが、間違いなく言えることとすれば俺と子作りをしたことはない。
だというのにだ。
「ふふっ、早く会いたいなあ」
お腹の辺りをさすりながら目をうっとりさせる彼女は時々「ぷっ……なんかごめんね、ちょっと気分が悪くて」と、まるでつわりのような症状まで発症させている。
怖い。
ていうか本当に妊娠してんじゃねえのか?
だとしたら父親は俺じゃねえぞ?
……あ、もしかして。
「一条さん、もしかしてもしかすればなんだけど……」
「何? 名前の由来?」
「あ、いや……ええと……もしかして妊娠してたり……してないよね?」
こういうデリケートな質問をするのは基本的に紳士として生きてきた俺にはとても抵抗があった。
でももし。
彼女が妊娠していたとしたら。
結婚を急ぐことも俺にしつこく言い寄ってくることも合点がいく。
お腹の中の子の本当の父親とは既に破局していて、スケープゴートを探していたとすれば。
いや、絶対そうだ。
そうにちがいない。
そうであってくれ。
「何言ってるの? 私まだ未経験だよ?」
「ですよねー」
違った。
「え、なに? もしかして薬師寺君、私が浮気してるって思ってた? ねえ、私が他の男の子とそういうことするような女だって思ってるの? ねえ、どうなの?」
「いやいやいやごめんごめん冗談冗談! そんなわけないよね、あはは」
「うん、そうだよ。私の初体験は週末のデートの時って決めてるんだから。ねっ、その時はいっぱい頑張ってね」
「……」
「嫌なの?」
「が、頑張ります!」
思わず頑張る宣言をしてしまった。
まだ、日が高い。
早く今日が終わってほしい。
でも、彼女曰く「今日はまだまだこれからだね」だそう。
これは復讐なんてものを考えた俺への罰なのか。
だとしたらあまりに残酷だと、空を見上げて神様とやらを恨みながら俺は、開いた口にサンドイッチを放り込まれていた。
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