第7話
「あ、そろそろ大学いかなきゃ。薬師寺君、出かけよっか」
「ほっ……」
悪夢のようなモーニングタイムはようやく終わった。
彼女の作る飯はうまかったという記憶はあるのに何を食べたのかさっぱり思い出せないという軽いパニック状態になっていた俺は、それでも部屋を出て外の空気を吸ったところで正気に戻る。
大学に行けば数千、数万の学生がそこら辺に群がっているし、どこに行っても人目がある。
だから安全なはず。
こういうメンヘラは排他的ではあるものの、無駄な社交性や協調性が備わっているパターンの方が多い。
人前で泣き喚いたり暴れたりするタイプもいるが、一条はおそらくそうではない。
二人っきりになった途端に極端な自我が暴走するタイプと見た。
まあ、タイプがわかったところで怖いものに変わりはないが、しかし対策は立てられる。
つまり二人っきりにならなければいいだけのこと。
食事の時もなるべく人の多い場所を選ぶ。
デートもそうすれば平穏に終わるはず。
あとは別れ際にどう説明して家に帰ってもらうか、だが。
いくつか対策は考えてある。
講義の間にでもじっくりと精査しよう。
「おっと、薬師寺じゃん。朝から見せつけてくれるねえ」
大学前の通りに出ると早速俺に声をかけてくる友人が一人。
渡に船といったところか。
「おはよう柳原。別に見せつけてるつもりはないぞ」
「よく言うよ、みんなが憧れる一条さんと一緒に登校なんて、さすがスーパースターは違うよ」
軽い口調で俺をいじって笑うこいつの名は柳原天矢。
ホストみたいなチャラい見た目のイケメンだが、見た目ほど不真面目ではなくむしろ男の友情にアツいタイプのやつだ。
俺ほどではないがそこそこモテるようで、喋りもうまく学内でも人気者の一人。
空気もよめる。
俺が窮地から脱出するにはうってつけの駒だ。
悪いが利用させてもらうぞ。うまく振る舞え。
「そういや柳原、今日一緒に昼飯食う約束してたな」
「え? そんな約束……あ、ああ、そういやしてたっけ」
「おいおい、ほんとお前は忘れっぽいよな」
「はは、すまんすまん。じゃあ昼休みに食堂のとこでいいか?」
「ああ、頼むよ」
俺の目くばせと必死な表情を見て、何かあると悟った柳原はとっさに話を合わせてくれた。
さすが自称コミュ力お化けだ。
このまま話を進めて、ひとまず昼休みに一条と一緒に過ごすパターンは回避……
「薬師寺君、この人と仲良いの?」
順調に話が進みかけたところで、しばらく静かだった一条が口を開く。
「ん、まあね。気が合うんだよ。それにこいつは見た目ほどチャラチャラしてないし」
「……じゃあ、死なないといけないね」
「え?」
「柳原君、執行対象だね」
「な、何言ってるんだよ一条さん?」
「柳原君、ちょっといい?」
急に目つきが変わった一条は俺のことなんて無視で柳原の方へ向かう。
柳原は間近で見る学園のアイドルに少し鼻の下を伸ばしていたが、彼女が小さく何かをつぶやくとみるみるうちに顔が青ざめていった。
そして
「す、すまん薬師寺、俺、昼休みは別の用事があったんだった!」
「お、おい柳原?」
「す、末永くお幸せに! お似合いだぜ、じゃあな!」
「ま、待てよ柳原!」
柳原はものすごい勢いで逃げていった。
まるで殺人鬼にでも追われているかのような必死な様子で。
「……何があったんだ?」
「薬師寺君」
走り去る友人の後ろ姿を呆然と見つめていると、一条がこっちを振り返った。
そして、目があった。
彼女は笑った。
笑いながら、言った。
「友達とのお約束が他にあるなら、今のうちにぜーんぶキャンセルしておいてね」
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