最終話 赤木家

「とまぁ、そんな感じだ」


 貴史は腕を広げ、以上ですのポーズを決めた。


「なるほどね。ソリ町のおかげで、あなたは無事だったわけか。感謝しなくちゃね」


 祐子は納得したように手に顎を当て、ふんふんと頷いた。


「そういえばさ」


 何かに思い当たったように呟く鈴に、他の三人が視線を移した。


「ソリ町って今どこにいるの?」

「確か、今はサンタのところにいると思うけど……」


 そう貴史が言った時、彼のスマホが点いた。


『おはようございます。へっぽこ家族ども』


 あの機械的な女の声──。


「ソリ町だ!」


 貴史は驚いて、スマホを取り落とした。もがくように、地面でバイブレーションを鳴らしている。


「まじか! ソリ町が帰ってきた!」


 三太が叫ぶ。


『別に帰ってきた訳ではありませんよ。オカマ野郎は黙っていてください』


 眉尻を下げて哀しそうな顔をする三太をよそに、ソリ町は続けた。


『サンタと岩ノ上からの伝言を伝えに来ました』

「伝言? あの二人から?」


 サンタと岩ノ上とは、家まで送り届けてもらったきり会っていない。といっても、昨日の話だが。二人から連絡とは、一体どんな話だろう。もしかしたら、助けてやったお礼なんかを要求されるのかもしれない。その場合、奴らとは縁を切る。


『ではまず、サンタからの伝言です』


 二秒ほど砂嵐のような雑音が聞こえた後、サンタのしわがれた優しい声が聞こえてきた。雪国のようなところで撮影しているようだ。後ろで吹雪が舞っている。


『これって撮れてるのか?』

『撮れてるに決まってるでしょう。ボケてきたんですか?』

『うるさい』


 サンタとソリ町の、漫才みたいなやりとりが聞こえてくる。


『えーっと三太くん』


 まさか自分の話だとは思わなかったのだろう、突然名前を呼ばれた三太は、驚いたように身体をびくつかせた。


『君は今、ニートをしていると聞いた。そこでなんだが、儂のところで働いてくれないか?』


 三太はなおも、呆けた顔をしている。


『見てもらったら分かると思うが、儂はこんな雪国に住んでいる。最近体力も落ちてきて、色んなことがしんどくなってきたんだ。ちょっと、手伝ってくれんか? もちろん、報酬は弾むぞ』


 それを聞いた祐子が、三太に言う。


「ちょっと三太、これチャンスよ。無職から脱しなさい」


 三太は少しの間目を閉じ、決心したように言い放った。


「分かった。働くよ」


 三太の決断に、みんなの顔が一段階明るくなった。鈴が大きな声を出す。


「まじで!? あの三太が、いよいよ働くの!?」


 三太は恥ずかしそうに、もじもじしていた。貴史が三太の肩を強く叩く。


「やっとお前もニート脱出か。心配掛けやがって」

「今まですいませんでした。クレジットカードの分もきっちり払います」

「ああ。頼むぞ」


 いよいよ三太が家を出るのか。寂しくなるな。と思ったが、今までずっと引き籠もっていたから、別にどっかに行っても何も変わらないのかもしれない。


『もし働いてくれるっていうんだったら、この番号に電話してね~』


 サンタはそう言って、両手で上を指し示した。その先に、電話番号のテロップが浮かび上がる。編集してたのか。


『それでは、次の伝言です』


 サンタのメッセージがぶち切れ、今度は岩ノ上が映った。どうやら、家で撮影しているらしい。後ろにキッチンが見えている。


『皆さん、どうも岩ノ上です。突然の連絡すみません』


 相変わらず、白い歯が健康的だ。でももう、憎らしくない。命の恩人だからな。

 横を見ると、祐子の鼻息が荒くなっていた。やっぱり、憎らしいかも。


『今度のトナカイレース、僕も出ることになりました。僕の選手生活二周年ってことで、一日に三レースくらいするんです。良かったら、皆さん応援しにきてくださいね! 今度こそ絶対一位取ってみせますよ』


 鼻息を荒くしていた祐子が、爆発した。


「みんな、行くわよ! 全財産掛けるよ!」


 目をバッキバキに見開いた祐子が、高らかに声を上げた。さすがに全財産は止めて欲しいが。


『今週の日曜日、昼の一時からやります! 場所は横田競馬場です。良かったら控え室にも来て下さいね~』


 そこで、岩ノ上のメッセージが切れた。


「じゃあ、今週の日曜日はみんなで競馬しに行って、その後温泉にでも行くか!」


 皆、楽しそうな顔で頷いた。祐子がうきうきと口を開く。


「やっとみんなもギャンブルの楽しさに目覚めるのね! 楽しみだわ。私の貯金全部使ってしまいなさい!」


 まあ、たまにはギャンブルもいいかな。貴史はそう思いながら、あることに気付いた。


「あ、今年はまだあれ言ってないんじゃないか?」


祐子と鈴は不思議そうに首を傾げる。三太だけはあれが何か分かっているようで、意気揚々と声を上げた。


「ほらあれじゃん! 昨日クリスマスだったのに、言い忘れたじゃん!」

「ああ、あれね」「私も分かった!」


 三太の言葉に、二人も得心したようだ。


「それじゃあいくぞ! せーのっ!」


 貴史は皆を見渡す。みんな、俺の大事な宝物だ。神様がくれた、最高のクリスマスプレゼントだ。


 四人は大きく息を吸って、一斉に声を合わせた。


「メリークリスマス!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンタ、運ぶ。 鼻唄工房 @matutakeru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ