第二十四話 救出

 ソリの眼下では、無残にも、砕け散った倉庫の残骸が散乱していた。所々には火種が芽吹いており、その周りには人間の一部と思わしきものもある。まさに地獄絵図だった。


「待って……あれ!」


 ソリから下を覗いていた祐子が、声を上げた。思わず皆が下を覗く。

 その先、倉庫の中央辺りに、ソリがどんと置かれていた。トナカイも元気そうに尻尾を振っていた。草を食むように、人間の腕を食べようとしている。グロい。

 しかし、ソリの上に貴史の姿がなかった。もしかして、他の人間と一緒に吹き飛ばされてしまったのだろうか。


「あなた! どこにいるの!」


 ソリから落ちそうなほど身を乗り出し、祐子は叫ぶ。


「岩ノ上! 早くソリを降ろして! 貴史を探すわよ!」


 岩ノ上は強く頷き、トナカイのケツを撫でた。どんどんと高度が下がっていく。そのときだった。


「ん? 何か臭うな……」

「確かに。なんか、甘い尿みたいな……草の匂いっていうか……」


 サンタと三太が鼻をつまむ。それを聞いていた鈴が、思わず声を上げた。


「あ! 駄目! 岩ノ上さん、降りないで!」

「え? どうしてですか?」

「いいから早く! これ、大麻の匂いよ! 覚醒剤の中に、大麻も混ざってたのかもしれない!」


 トナカイのケツを撫でていた岩ノ上は、その手で口を塞ぎ、急いで高度を再度上げた。その手が臭かったのか、何度か咳き込んだ後、うえっと嗚咽した。

 一旦落ち着いた後、祐子が口を開いた。


「ねえ、大麻の匂いがしちゃなんで駄目なの?」


 鈴が答える。


「当たり前じゃん。こんなに匂いがするってことは、大麻の成分がここにまだ充満しているってことだよ。もしここに突っ込んでいったら、シャブ中確定だよ」


 鈴の説明を聞いた岩ノ上が青ざめている。


「それって、一回でも吸ったら終わりなんですか?」

「当たり前じゃん」


 自分の頭を突き、鈴は続ける。


「脳にはね、ドーパミンっていう快楽物質を出す部分があるの。大麻なんかはいわば、それを強制的に引き出す薬みたいなもの。もし一回でもそれを使ったら、脳味噌が『ああ、頑張らなくてもいいんだ』って錯覚して、快楽物質を一切出さなくなるの。そうなったらもう終わり。大麻がないと、廃人のような生活を送ることになるよ」


 頭を突いていた指を、他の四人に向けた。


「みんなもそうなりたくないでしょ」


 ソリの上で、ゴクリと息を呑む音がした。


「そう言ったってさ」


 祐子が口を挟む。


「貴史はどうなるのよ? こうしてる間にも大麻に蝕まれてるかもしれない。仮にこの匂いが消えるまで待つとしても、その間に貴史が死んじゃうかもしれないわ」

「それは大丈夫だよ。私が行く」


 強い眼力で、鈴が祐子を睨んだ。


「私は薬物になれてる。もう既にシャブ中だからね。なんにも怖いことなんてないわ」

「ほんとにいいの?」

「うん。まさかこんなところで薬物やってたのが生きるとは。安心して。絶対お父さん助けてくるから」


 祐子は諦めたように、小さく頷いた。その表情には、慈愛の心が見て取れる。鈴の成長ぶりに、感動しているのだろうか。

 他の三人も鈴を見て、深く頷いた。三太が鈴の肩に手を置く。


「鈴、父さんを連れて帰ってきてくれ」

「うん」


 鈴はニコッと笑った。朝は整っていた金髪も今はぼさぼさだったが、その顔は大人になっていた。もうギャルっぽさはない。


「じゃあ、岩ノ上さん、ちょっと遠くにソリを止めて」


 岩ノ上はそれを聞くと、少し倉庫から離れ、小高い丘のようになっているところにソリを止めた。鈴は一目散にソリを降り、倉庫の方を見やる。


「お願い」


 祐子は鈴を見ていった。


「連れて帰ってこれたら、朝食のレパートリー増やしてね」

「分かった。何倍にも増やすわよ」


 その答えを聞いた鈴は、満足げに走り出した。土を踏む音が遠ざかっていく。それを見やる四人は、ただ祈ることしかできない。たまには、キリストにでも祈ろうか。


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