第二十二話 決死の反撃

「銃って狙ったとこに当てるの難しいな。おかげで即死させてやれなかったよ」


 中野は嫌らしい笑みを浮かべている。下っ端を見渡して、自分が持つ権威を確かめているようだった。

 銃声を聞きつけたのか、サンタクロースと岩ノ上愛斗が倉庫に走り込んできた。


「大丈夫ですか!? 銃声が聞こえて──サンタさん!」

「大変だ! 打たれておる! 避難させるぞ!」


 二人が、赤木家に近づいていった。その二人を視界に認めた貴史が、大声で言う。


「この三人をお願いします! どこか安全なところに連れて行ってください!」


 叫ぶ貴史に、鈴が反応した。


「ちょっと! お父さんは!? ここに残るつもり!?」

「作戦があるんだ。こいつらを、全員殺してやる」


 貴史の剣幕に、鈴は押し黙ることしか出来なかった。


「おいおい、色んな奴が登場したな」


 中野が拳銃を構え、右に左に揺らしている。全員が動きを止めた。


「まさか逃げられるとでも思ってんのか? こっちには銃があるんだぞ? いつだってお前らを殺せる。逃げようとしても無駄だ」


 そう言った中野は、もう一度撃鉄を下げた。引き金を絞る。その動作に、全くのためらいはなかった。弾丸が叫びを上げる。思わず目をつぶったその瞬間、金属と金属が価値合わさる音が響いた。どうやら、誰も撃たれてはいない。貴史はゆっくりと目を開けた。

 目の前には、ソリが立ちはだかっていた。


『お久しぶりです。へっぽこ家族ども』

「ソリ町!」


 その毒舌が、今はとても頼りがいに溢れていた。木製の見た目だが、本当は金属。鋼の女、ソリ町隆史。ソリ町に繋がれたトナカイも、鼻息を荒立てて四股を踏みならしている。それは、反撃の狼煙のように思えた。


「くそ、まさかナビが敵になるとはな」


 中野は銃を下げて、ナビを睨みつけている。下っ端のざわめきも、より一層とぐろを巻いた。


「今のうちに、早く!」


 貴史の一声に、岩ノ上とサンタが頷いた。三太と祐子を抱きかかえ、倉庫の外へと走って行く。鈴も渋々といった様子で、視線を貴史にとどめたまま、岩ノ上についていった。


 その行く先を眺めていた中野は、鼻を鳴らした。


「まあいい。あいつらの足取りはこのGPSで分かる。ちょっとでも逃げてみろ、すぐに爆発させるからな」

「そんなこと言えるのも、今のうちだ」


 貴史はソリ町を呼び、ヒーローのように飛び乗った。ぐっとアクセルを踏んで、高度を上げていく。トナカイも優雅に駆けた。


「何してるんだ、血迷ったか?」


 いつの間にか下っ端達も銃を取り出し、貴史とソリ町に標準を向けている。


「お前らの敗因は、先に覚醒剤を受け取らなかったことだ!」


 貴史はそう言い放ち、後ろの袋を抱えた。紐をほどき、中身を出す。そこには、大きなビニール袋の中にパンパンに詰まった覚醒剤があった。粉状である。


「何するんだ!」


 上を見上げ、中野は目を細めている。


「ソリ町、扇風機を出して、強にしてくれ。出来れば、それを前方向に向けて」

『了解です』


 ソリ町が了承すると、バコッと扇風機が出てきた。強になり、強い風が吹く。


「ソリ町、次はジェットコースターモードだ」

『了解』


 次の瞬間、ソリが更に上へと上がっていく。少し止まったかと思うと、一気に急降下した。


「うお、危ねえ!」


 中野たちは頭を抱え、四方八方に散った。鳴る足音が、妙に気持ちいい。

 貴史は揺れるソリの中で、必死に覚醒剤の袋を開けた。扇風機の前へと持って行く。どんどんと、粉末状の覚醒剤が散っていく。大半は貴史の顔に掛かる格好となったが、扇風機のおかげで、多少は広がってくれるはずだ。


「あいつ何してるんだ?」


 身を縮めながら、中野は今もなおソリを睨みつけている。もうちょっとで、お前は吹っ飛ぶぞ。アホ面晒しとけ!

 そう言っている間に、覚醒剤が一袋分無くなった。それを確認すると、必死にソリにしがみつきながら、貴史はなんとかもう一つの袋を取り出す。そして同じように、粉をまき散らしていった。


「ソリ町、シャッターを閉めれるか?」

『はい。シャッターを管轄しているコンピューターをハッキングしました。直ちにシャッターを閉じます』


 次の瞬間、シャッターが閉じ始めた。ほぼ落ちるようなスピードだ。シャッターが地面に着いた時、鼓膜をハリセンで直接叩かれたかのような破裂音が響いた。残響ですらうるさい。


 この時すでに、視界が覚醒剤で埋め尽くされ始めていた。少しずつ呼吸が苦しくなってくる。それでも貴史は、覚醒剤をまき散らすことを止めなかった。


「くそ、開かねえ!」


 下っ端の五人ほどが、シャッターを叩いていた。苦しくて出たいようだ。お前らも巻き込んでやる。後悔しやがれ!

 何袋目だろうか、覚醒剤も底をつき始めた。しかしその頃には、もう倉庫は白煙まみれ、たった二メートル先もしっかりと視認できないほどになっていた。息もしづらくなっている。もうそろそろいけるだろう──いや、まだだ。念には念を、最後までだ。

 貴史は満足することなく、少しの時間を掛けて全ての覚醒剤をまき散らした。もう、地面にいる中野の姿もあやふやだ。


「ソリ町、ジェットコースターを止めて」


 ソリがぴたっと停まったのを見計らって、貴史は身を乗り出した。


「おい中野! お前の覚醒剤を全部ばら撒いてやったぞ! 悔しかったら俺をその拳銃で撃ってみろよ!」


 貴史は中野に啖呵を切った。


「そんな小学生みたいな挑発に乗るか! こんな中で銃でも撃ってみろ! そんなことしたら──」


 その時、下っ端の一人が拳銃を取り出した。貴史めがけて、勢いよく銃口を向ける。


「お前、さっきから調子に乗りやがって! 俺たちが地上にいるから何も出来ないと思ってんだろ! お前の頭を俺の銃でぶち抜いてやる!」


 大声を張り上げ、その男は銃を両手で構えた。引き金に指を乗せる。


「おい、止め──」


 中野の怒号も届かず、その男は遂に引き金を引いた。とんだお馬鹿さんだ。

 弾丸が銃口から顔を覗かせた瞬間、一つの火花が、大きな花火になった。宙に舞う覚醒剤の粉一粒一粒を伝って、一瞬のうちに業火に変わる。粉塵爆発だ。

 叫ぶ暇もなく、爆風が中野たちを包んでいった。迫り来る炎が、スローモーションに見える。貴史は目を閉じて、家族を想った。祐子、鈴、三太、祐子、鈴、三太。

 順繰り順繰り想い、貴史は目を開いた。涙が張った彼の目は、眼前まで迫った炎に照らされ、オレンジ色に光る。これまでの人生で、一番綺麗な涙だった。

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