第十八話 適当な伏線回収

 頬に、冬の冷気が伝った。その冷たさで、反射的に息を大きく吸い込む。

 貴史はばっと身体を起こし、周囲を見渡した。まだみんなは気を失っているようだった。どうやらソリは道路の端っこに停車しているようで、横を見ると竹林が広がっていた。

 手元には、丸まった、先のない縄が握られている。トナカイの、揺れる尻尾がついた、ごついケツを思い出す。短い付き合いだったが、情が沸いていたようだ。胸にくるものがある。


『本当にキケンでした。心臓はありませんが、バクバクしました』

「お前、ほんとにやってくれたな」


 ソリ町が、やはり感情の乗っていない声で言う。今はそれが、なんだか有り難かった。


『どうでしょう、肝は鍛えられましたか?』

「お陰様で、命の危険を感じたよ。こんな日は人生で初めてだ」

『肝は鍛えられませんでしたか。残念です。しかし、皆さん貴史のことを良く思っていることが分かって良かったですね。あなたは腑抜けかと思っていましたが、意外と立派に父親をやっているのですね』

「うるさいな」


 貴史は微笑んで、もう一度家族の顔を見渡した。みんな、俺の宝物だ。こいつらがいるから、俺は生きてる。


『あと一つだけ、悪いニュースを言ってもいいですか?』

「また? もう慣れっこだよ。どんなニュースでもどんど来いだ!」


 貴史は笑って、先を促した。


『さっきのタイムスリップで、無理に一分で実行をしてしまいました。故に、充電を全て使い果たしました。さようなら』


 そう言ったきり、ナビが暗くなった。

 いやいやいやいや、それだけは駄目だ! そのニュースだけは来ちゃだめだ!


「おい! ソリ町! 嘘だろ? また嘘なんだろ!?」


 貴史はナビを叩いて、騒ぎまくった。さっきまで何か良い雰囲気だったのに! 一難去ってまた一難か!

 貴史の騒ぎっぷりに、みんなが目を覚ました。


「あれ……助かったの?」

「私……いつから気絶してたのかしら……恐竜が吠えてたとこまでは覚えてるんだけど……」


 祐子と鈴は、側頭部に手で抑えながら、惚けた表情をしている。三太はすぐにしゃきっとして、慌てた様子の貴史の方を見つめた。眉の凜々しさから察するに、どうやらオネエ状態は解かれたようだ。


「父さん……そんなに慌ててどうしたんだ?」


 待ってましたと言わんばかりに、貴史はタブレットを抱きながら言った。


「ソリの充電がなくなったんだ!」


 三太がそんなことかと鼻を鳴らす。


「父さん、どうせまたソリ町のいたずらだよ。どうせまだ充電は──」

「ないんだ! どれだけタブレットをいじっても、ソリをガンガン蹴飛ばしてみても何の反応もない。極めつきは──」


 貴史はタブレットの画面を、三太に見せつけた。


「右上を見てみろ」


 三太は顔を近づけて、タブレットを覗き込んだ。

 電池のマークが、赤くなっている。その横にどてっと座る、0%の文字。


「ちょっと……嘘でしょ?」


 三太の声が一トーン上がった。


「今の話、ほんとに言ってるの?」「どうするのよお父さん!」


 横で話を聞いていた祐子と鈴も頭を抱える。

 タイムリミットは夜明けまで。午前六時までと言ったところだろうか。タブレットを確認すると、午前五時半。もうそんなに経ったのか──と思ったが、そもそも何時に出発したのかを確認していなかった。あと三十分──。

 血眼で、地図を確認する。あと半分ほど距離がある。はと三十分でこれまでと同じ距離を走れだと? ソリなしで? 無理だ。不可能だ。


「すまん……何も考えつかない」


 貴史は項垂れて、タブレットをそっと置いた。


「ちょっと、諦めないでよ! 鈴の命が掛かってるのよ!? あんた父親でしょ?」


 祐子が貴史を罵倒する。貴史もキッと祐子をにらみ返した。


「お前もギャーギャー言ってないで何か考えろよ! 母親だろうが! 俺に全部任せるな!」

「止めて!」「そうよ! 止めなさいよ!」


 鈴と三太が、二人の間に入った。


「今は喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょ! 冷静にならなきゃ! この忌々しい首輪が取れないじゃん!」


 鈴は首輪を掴んで、無理に揺さぶった。目に涙が溜まっている。


「止めて! 乱暴にしたら、爆発しちゃうわ! みんな、一回深呼吸よ。私のジョークでも聞く?」

「いや、大丈夫だ。すまん、取り乱した」


 三太のおかげで、言い合いは止まった。祐子は大きく深呼吸して、「じゃあ──」と話し出した。と、そのとき、覚醒剤を入れた袋が雪の上に落ちた。


「おい三太、すまん、拾ってきてくれないか」


 三太は頷いて、落ちた袋の元へ歩いて行った。祐子はもう一度気を取り直し、「じゃあ──」と言った。と、そのとき──。

「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 三太の叫び声が上がった。


「どうした!?」


 貴史も必死で呼びかける。


「袋が……袋が動いてるわ! 人の声が聞こえる!」

「なんだと!?」


 それを聞いた他の三人は、一目散にソリを降り、三太の元へと駆けた。腰を抜かして手をついている三太の真ん前で、袋がうねうねと動いていた。


「どういうことだ? ずっとこれが乗ってたのか?」


 祐子と鈴も、顔を歪めながらその袋を見ている。依然動いていた袋の中から、若い男の声が聞こえてきた。


「開けてくれ! 苦しい!」

「喋った!」


 驚く鈴、ずっと腰が抜けている三太。


「分かった! ちょっと待ってろ!」


 貴史はそう話しかけ、袋を開けに掛かった。茶色の紐は異様に強く結ばれていて、冬にかじかんだ手では開けにくい。それを察知して、祐子が手を貸した。というよりも、奪い取った。


「もう、不器用ね! ちょっと貸して!」


 祐子が紐を手に取ると、まるで魔法のように紐がほどけた。


「もう、簡単じゃない! 一体いままで何に手間取って──」


 自慢げに言う祐子を遮るように、袋の中から手が飛び出してきた。祐子も腰を抜かす。

 ずりずりと袋から這い出てきたのは、声の通り若い男だった。雪のような銀髪と対照的な、こんがり肌。ちらっと見えた歯も白い。この男、どっかで見たことあるような……。


「はぁ、はぁ……死ぬかと思った。すいません、ありがとうございます」

「あぁ、いえいえ……。あなた、どこかで……あ」


 男の顔を正面から捉えて、貴史は合点した。あのチラシ! あのイケメン!


「ああ!! 岩ノ上愛斗じゃない!」

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