第七話 レッツ、家族サービス!


 その日の夕食後、ムカデの一本串と、ダイオウグソクムシの唐揚げ、ナメクジポンチなどなどを堪能した後だった。貴史は家族に召集令を掛けた。


 意外なことに、すぐに全員が集まった。祐子、鈴、三太まで。一週間ぶりくらいに見た三太は、より太っていたし、髪はぼさぼさだし、臭かった。ねずみ色の上下スウェットには、変なシミが出来ていた。


 とても自分の子どもだとは思いたくなかったが、今はそれよりも、みんなが集まってくれた嬉しさと、旅行へのワクワクが勝っている。


 全員がテーブルに着席したところで、貴史は意気揚々と立ち上がり、二回手を打ち鳴らした。


「さあ! 今夜皆さんに集まって貰ったのは他でもありません!」


 鈴が三太にコソコソと話している。「ちょっと、お父さんどうしちゃったの? あんたなんかした?」「してねぇよ」


「コラそこ! お喋りするな! 今は俺のターンだ!」


 兄弟で仲が良いのは結構だが、人が話しているときはしっかりと相手の話を聞かなければいけない。昔は俺の目を見て熱心に聞いてくれていたというのに。時間は、教訓を忘れさせてしまう。貴史は気を取り直して痰を払い、大きく腕を広げて言った。


「明日はクリスマスイブだ!」


 三人が、顔を見合わせる。ふふ、温泉旅行に驚いて、ワクワクするがいい。

「ここ数年、クリスマスイブはサンタが落ちてきて危ないと言うことで旅行は控えていました。それに加え、鈴は薬物をやり始めたし、三太はニートだしで、余計に旅行に行きづらくなっていました!」


 眉をひそめている三人を置いて、貴史は高らかに続けた。


「しかしそんなのはもう終わりです! お父さんは思いました。家族の時間が少なかったから、こうなってしまったのではないかと! 旅行に行けば、きっとみんな仲良くなるはずだと! というわけで、明日は温泉旅行に行こうと思います!」


 貴史はチラシの裏を机にどんと叩きつけて、どうだと言わんばかりに胸を張った。

 険しい顔をしていた鈴が口を開いた。


「うーん、面倒くさいからいいかな」


 三太と祐子も、鈴に同調する。


「俺は引き籠もってるんだぞ? やすやすとついていくとでも思ったのか?」

「そうね。急に明日って言われてもねえ……荷物とかの準備もあるし」


 な……なんだと? 旅行というものは、みんなはしゃいでついてくるものではないのか。やっぱり、遊園地がいいのか?


 貴史は気を取り直して、みんなを説得にかかった。


「分かった。やっぱり遊園地がいいんだな? 温泉はやめるか?」

「それは違う!」


 三人が一斉に言い放った。


「違うのか?」


 鈴が口を開く。


「いっつも遊園地は飽き飽きしてたの。今回温泉って言うから、ちょっとだけなびい

てたのに」

「でもさっき面倒くさいから行かないって……」

「面倒くさいけど! 遊園地よりはまし!」

「じゃあ温泉旅行行ってくれるか?」

「いや。面倒くさい」


 一体どっちなんだ! これだから、家族サービスは分からない。


「それじゃあ分かった!」


 貴史は両手を挙げて、降参のポーズをした。


「まずは鈴、明日の旅行に行ってくれたら、マリファナのストラップを買ってやろう」

「行く」


 鈴が即答した。

 貴史は深く頷き、驚いたように鈴を見つめていた三太に言った。


「次は三太」


 三太がばっと貴史の方を向く。


「旅行に来てくれたら、今日のクレジットカードの件は水に流そう」

「分かった。行く」


 三太も即答した。やはり、反省はしていたようだ。


「最後に祐子」


 祐子も貴史を見上げた。


「明日の荷造りはもう全部済ませてある。しかもこの温泉は、美肌の湯として知られているんだ」

「分かった。遊園地よりはましね」


 祐子は肩をすくめて笑った。


「よし! 決まりだな!」


 赤木家のリビングに、温かい空気が流れた。そうだ、家族とはこうあるべきだ。貴史は満足げに頷き、三人を眺め回した。みんな、俺の宝物だ。


 ニヤニヤと笑う貴史を見て、三太に鈴が耳打ちをした。


「ねえ、なんであんなに気持ち悪い顔をしてるの? やっぱりあんたなんかしたでしょ?」

「だから知らねえって」

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