第八話 拉致
翌日午前九時。赤木家ご一行は、軽自動車の中でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「ねえ、どんな荷造りをしたのよ。日帰り旅行でしょ? 溢れるほど荷物があるじゃない」
祐子が顔を歪めながら、貴史を責めた。大量のバックは、後ろの荷物スペースから溢れ出て、座席にまで浸食している。助手席に座っていた三太でさえも、二つバックを持っていた。
「そりゃあ色々だろ。色々」
「色々ってなによ……」
それまでぼけーっと外を眺めていた鈴が、ぶっきらぼうに言った。
「ねえトイレ行きたい。サービスエリアないの?」
「お、丁度サービスエリアだ! 鈴、今日は運がいいな。幸先がいいぞ!」
「朝に一発吸ってきたおかげだね! 気分が良い」
鈴は満開の笑顔を咲かせた。窓から差し込む陽光に、金髪が照っている。
貴史は思わず鈴を叱りそうになったが、ぎりぎり押しとどめた。今日は何も言わない。今日は楽しもう。シャブ中の娘を、今日は愛そう。だって、こんなにも笑顔が可愛い。
ただ一つ、気になることがある。貴史はバックミラーを覗き込んだ。黒い車が、ずっと追ってきている。気のせいかも知れないが、家を出てすぐからついてきているような気がする。この感覚、どこかで味わったような──。
「やべえ、漏れる! 急に尿意がせり上がってきた!」
鈴の一声で、思考が中断された。
「もう大丈夫だ」
サービスエリアへの案内標識が見えた。貴史は左にハンドルを切り、車をサービスエリアに向けた。ちらっとバックミラーを見る。やはり、黒い車は追ってきていた。
「まあ、気のせいだろ」
呟いた貴史に、隣の三太が声を掛けた。
「何が気のせいなの?」
「いや、何でも無いよ」
そうこう言っている内に、駐車場に着いた。かなり人が多いようで、ほとんど埋まっている。色んな車があって、見ていると楽しい。
「いやあ、人が一杯いるな」
「早くして!」と鈴が叫ぶ。バックミラーを覗いてみると、目をがんと見開き、身体をくの字に曲げる鈴が見えた。どうやら、限界が近そうだ。
なんとか空いているところを見つけて、素早く車を止めた。鈴は一目散に駆け出していく。その衝撃で漏れはしないか?
「みんなもトイレ大丈夫か?」
「あと何時間?」
祐子がサングラスを少し下げ、貴史に聞いた。
「あと一時間半ってとこかな」
「じゃあ、私も行っておこうかな」
「じゃあ俺も」
祐子に続いて、三太もトイレに行くようだ。
「俺は残っとくよ」
「分かった。すぐ戻ってくるから」
「ああ」
貴史は手を振って、三太と祐子を見送った。
残ったのには理由がある。あの黒い車が怪しい。家の前から付けてきて、ここまでずっと一緒の道なんてことがありえるだろうか? そういえば、ナンバープレートも無かった。
今はどこに停まっているのかは分からないが、警戒しておいて損はないだろう。車上荒らし対策ということで車に残っておこうか。まあ、いざ襲撃されても、防げる自信なんて微塵もないが。
五分くらいすると、三人が戻ってくる様子が見えた。仲良く三人が並んでこちらへと向かってくる。平和な光景に、ホッと息を吐いた──と思った瞬間、貴史の肝が冷えた。吐いた息を吸い戻す。
三人の直ぐ後ろに、黒ずくめの男が三人いた。サングラスを掛けているが、その目線は三人の方を向いていることが分かる。もしかして、あの車に乗っていた奴らじゃないか? 貴史は不安になって、三人の元に走り出そうと、ドアノブに手を掛けた。
貴史は、その瞬間も前を見つめていた。三人に集中しすぎて、ドアの直ぐそこにいる大男に気が付かなかったのだ。貴史がドアを開けた瞬間、その大男はスタンガンを突き出した。貴史の横腹にクリーンヒットする。バチバチという音と共に、貴史の身体は痙攣しながら崩れた。
少しして、赤木家の車は、四人の男に囲まれていた。車内には、ぐったりとした赤木家の姿がある。大男は無線機を取り出し、冷静な声で話し始めた。
「社長、ターゲットを捕獲致しました。至急そちらに向かいます。どうぞ」
ノイズの向こうから、低く掠れた声が聞こえてきた。
「ご苦労さん。出来るだけ急いでくれ」
「了解」
大男は無線機をしまい、他の男を眺め回した。
「みんな朝飯食った?」
男達は、首を振る。
「じゃあ、そこでなんか食べていこうよ。急げとか言ってたけど、多分大丈夫だ」
大男の提案に、他の三人が頷いた。
「いいね。ラーメンとか食べたいな」
「ここら辺は味噌ラーメンが絶品らしいぜ」
「へえ、楽しみだな。ていうか、朝からラーメンかよ。また太るぞ」
「うるせえ」
四人の男は談笑しながら、サービスエリアへと消えていった。
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