第五話 三太の無駄遣い

 目を閉じて過去に浸っていると、携帯の通知が鳴り、一瞬で現在へと引き戻された。少し不機嫌な顔をしながら、貴史は携帯を手に取り、黒い画面を覗き込む。するとすぐに電源がついた。顔認証最高。


 どうやら、さっきの通知はクレジットカードの請求だったようだ。二十万円。


──二十万円?


 さっと血の気が引く。足の方に血が全て集まっていく感覚がした。

 

 いつもは五万ほどしか使わない。ちょっとネットショッピングをしたり、飲み会に行ったときに見栄を張って後輩に奢ったりするだけだ。それが、二十万だと?


 脳裏に、三太の顔が浮かんだ。太った顔で、ほくそ笑んでいる。あいつだ。あいつが、勝手に俺のクレジットカードを使ったに違いない。全く、いつ俺の財布から抜いたんだ?


 貴史の額に、血管が浮き出した。机をおおげさに叩く。置いていた化粧水が倒れて、コロコロと床に落ちていった。


「あいつめ!」


 椅子を半ば倒すようにして引き、足を踏み鳴らしながら階段へと続くドアを乱暴に開けた。祐子が「どうしたの?」とこちらを振り返る。


 貴史はそれを無視して、ずんずんと階段を上っていった。二階の一番奥の部屋。そこが、三太の住処だ。やや乱暴にドアをノックする。


「おい三太! 話がある! 今すぐに出てこい!」


 ゲームのピコピコ音はするのに、応答がない。あいつ、しらばっくれるつもりか。


 貴史がなおも叫びながらドアを懸命に叩いていると、遂に返事が聞こえた。


「なんだよ! うるせえ!」


 叫び慣れていない、へにゃへにゃな怒声だ。なんだったら、声が裏返っている。我が息子だが、なんだか情けなく思えてきた。


「お前、俺のクレジットカードを勝手に使っただろ!」

「ああ使ったよ! 何が悪いんだクソ親父!」


 貴史は、本日何度目かの溜め息をついた。どうして俺の子どもはこうなんだ。ちゃんと叱ってるのに。


「お前がやったのは、単なる盗みと変わらないぞ! 今内訳を見た。お前、十五万使ってるな! 一体何に使ったんだ!」

「都こんぶだよ!」


 貴史の脳の活動が、完全に停止した。都こんぶ?


「なんで?」

「なんでじゃねえよ! 都こんぶ十五個セットをポチったんだよ! これでいいだろ! もうあっち行け!」


 十五個セット……一個一万円だと!?


「なんでそんなもん買ったんだ! 確かにお前が都こんぶ好きなのは知ってる。都こんぶ作ってる会社が倒産して、プレミア価格がついたのも知ってる。だけどな、一個一万だぞ!? 正気じゃない!」


 貴史が言うと、部屋の中から、涙混じりの叫び声が返ってきた。


「うるさい! 食べたかったんだよ! これで最後にするから!」


 貴史がドアに耳を当てると、三太がすすり泣く声が聞こえてきた。二十五歳の涙。情けないが、反省はしているらしい。「これで最後にするから!」という台詞に、謝りたいけど変なプライドが邪魔して謝れない、あの思春期特有の葛藤が滲み出ていた。


 二十五歳なのにまだ思春期なのか。五十くらいになって発情期がきたら、目も当てられないぞ。


「もうするなよ!」


 貴史はそう捨て台詞を吐いて、リビングへと戻った。

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