第三話 お食事

「三太は今日もどうせ降りてこないよね」


 鈴が不意に訊ねる。


「そうだな。どうせ部屋でまだ寝てるんだろ。あんなニートは放っておけ」


 三太は赤木家の長男だ。高校を卒業したまでは良かったが、就職活動の時点で社会の波に飲み込まれてそのまま難破してしまったらしく、部屋に引き籠もってしまった。ここ一週間は姿も見ていない気がする。


 昔の三太は可愛かった。都こんぶを買ってやると、嬉々とした表情で抱きついてきたものだ。未だに小さな三太の暖かさを覚えている。

 俺が子どもを物で吊っているように見えるかも知れないが、決してそんなことはない。あくまで、家族の絆の元で成り立っている。


「さあ、早く食べよう。もうちょっと冷めてる」


 三人は席に着き、手を合わせた。


「我らの栄養源を創造してくれる壮大な自然に、引いては直接的に我らの栄養源となってくれる全ての下等生物たちに、いざ、感謝を捧げ散らかさん。ほんまにありがとう」

「ほんまにありがとう」


 祐子の言葉に、貴史と鈴が続いた。


 この食事前の儀式は、祐子考案のものである。「いただきますなんて、もう古いわ」と言い放ち、これが始まった。急に出てくる関西弁は謎だが、基本的には素晴らしい儀式だ。なぜなら、下等生物にも命はあるから。高等生物の我々に命を捧げるのは当然だが、当たり前のことにこそ感謝しなければならないのだ。


 じとっと白米を眺めた鈴は、何かを思い出したように、バックの中を漁り始めた。満足げに笑みを浮かべた鈴の手には、小さなプラスチックの袋が握られていた。中には、白い粉が入っている。鼻歌を歌いながらジッパーを開ける鈴。


「おい待て、それはなんだ」


 指し示しながら訊ねた貴史に、鈴は答えた。


「え? 何って、覚醒剤に決まってるじゃん」


 あまりにもさらっと言ってのける鈴に、貴史は何の言葉も出てこなかった。固まっている貴史を置いて、鈴はその粉を白米にかけ始めた。


「これがうまいんだよなぁ」


 鈴はそう言うと、箸を手に取り、勢いよくかきこみ始めた。さっきは献立に飽きたと言っていたくせに、すごい食いっぷりだ。


「おい、ほんとにそれ覚醒剤なのか? 塩だよな? 塩って言ってくれ」


 半ば頼み事をするように身を乗り出した貴史に、鈴は茶碗をドンっと置いた。


「は? 覚醒剤に決まってるじゃん! 嘘つく必要がどこにあるのよ」


 そう言った鈴は、ああ、と納得したような顔をして続ける。


「ああ、確かに今日は検尿だよ? でも大丈夫。もう採尿は済ませてあるから。知らないの? 朝一で採らないとだめなんだよ?」


 そういうことじゃない。と思いっきり言ってやりたかったが、喉の中で溜め息に変換されてしまった。ご飯にがっつく鈴を見て、祐子はニコニコと微笑んでいる。何故か自分がアウェイに感じた、貴史は諦めたように溜め息をつき、ミミズをずるっと啜った。

 

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