深夜の共犯者

ののあ@各書店で書籍発売中

秘密と焼きそば

「「あ」」


「……高千穂せんせ?」

「武村か……? はぁ、学生が出歩く時間としては遅すぎるぞ」


 オレが女教師・高千穂にバッタリ出くわしたのは、深夜のコンビニ前だった。

 相手がちょうど店内から出てくる時に、それはもう狙いすましたかのように正面から出会ってしまったのだ。


 まさか学校の先生なんぞに見つかるとは完全に想定外だ。なんとも罰が悪い、そして気まずい。


「いやー、実は明日の牛乳を買ってこいって言いつけられちゃって」

「私はまだ何も聞いていないが?」


 迫力満点の眼光が、オレのつたない嘘を吹き飛ばす。

 高千穂先生は女子生徒に人気があるのだが、その理由は女性ながら漢らしいカッコイイ言動と色気に満ちた外見が八割。残りの二割は生徒の気持ちに対して理解が深いとはもっぱらの噂だ。


 そんな先生なら、空気を読んでこの場は放っておいてくれるかもしれない。


「すいません、嘘です。今日は星が綺麗なので、ちょっとよく見える場所まで行ってみようと思いまして」

「で、道具も無しに天体観測を?」

「問題ないですよ。オレ、目がいいんで」

「そーかそーか。さぞ大草原に住む民族のような素晴らしい視力を持っているのだろうな」


 冷静に会話をしつつも、高千穂先生が距離を詰めてくる。

 手を伸ばせば触れられるとこまで来て、オレの泳ぎまくってる目をじっと下から覗きこんでくる。


 そこでようやく、オレは高千穂先生がダサいジャージ姿なことに気づいた。


「先生は学校のジャージルックでランニングですか?」

「冗談にしてはつまらなすぎる。付け加えると話を逸らそうとするなら尚更だ」

「…………見逃してもらえません?」


 両手で降参のポーズをしながら、半ば諦めた状態で許しを乞うてみる。

 すると先生は「ダメ」と一蹴して、オレの腕を強くつかんだ。


「残念ながら職業柄それはできん。ほれ、さっさと家の場所を教えろ。丁重に送り返してやる」

「………………」

「だんまりか。ふむ、何か重大な理由があるのか?」

「そういうわけじゃ……」

「では、単に帰りたくないだけか。ふむむ」


 オレから見て、そんなに困ってなさそうな先生が腕を組みながら何やら考え始める。それは単なるポーズではないか疑惑は深まる一方だ。


「なら、代わりにちょっと付き合え」

「……は?」

「聞こえなかったのか? それとも警察に連絡して強制帰宅の方がお好みか?」


 そっちの方がもっとゴメンだ。

 オレは仕方なく高千穂先生に付いていき――、


「ほい、お前の分」


 コンビニ前にある公園でカップ焼きそば(大盛り)を渡されていた。


「いや、意味がわからんけど」

「腹が減ってるんだろ。いいから食え」


 その言葉に肯定するようにオレの腹が情けなく鳴った。

 意図はわからないがくれるなら貰おう。既にお湯が捨ててあるカップ焼きそばの蓋を開けてから付属のソースをかけると、途端にいい匂いがたちのぼってくる。


 無我夢中で食べていると、こっちを見ている高千穂先生に気づいた。


「美味そうに食べるな」

「……普通ですよ」

「実は武村の方が当たりの焼きそばかもしれん」

「そんな訳ないでしょ。どれも一緒ですよ」


「いやいや、案外そうも言えんぞ」

「どっから来るんすかその考えは」


 そう訊き返すと、男前な高千穂先生はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 少なくともオレが学校では見たことのない表情だった。


「深夜に喰う焼きそばは、背徳的に美味い」

「…………」


 いや、なんすかソレは。ソレが正しいとしてもあんたが喰ってんのも深夜の焼きそばで、やっぱりオレと一緒でしょ。何が違うんすか???


 そんなツッコミが心の中で嵐のように吹き荒れたが、口からは出て行かなかった。

 ひとつだけ、光る宝箱のような違いを見つけたからだ。


「すいません、オレが間違ってました。やっぱり美味いです、とっても」

「やっぱりか」

「ご馳走様です。付け加えるなら奢ってもらった分だけ、美味しさもひとしおでしたよ」


「そうかそうか。じゃ、腹も膨れた事だし腹ごなしにゆっくり散歩でもしよう」

「帰れって言わないんですね」

「誰だって深夜に散歩したい時ぐらいあるからな。特に、お前ぐらいの年頃は」


「そういうもんですか?」

「そういうもんだ。私にも覚えがある」


「ええ? 先生、めっちゃ不良じゃないですか」

「言っとくが武村も同類だぞ。というわけで同類同士、今夜のことは誰にも言わずに置くとしようじゃないか」


 なんだこの先生は。

 家庭科の授業中のクソ真面目な態度と違って、こんなにとっつきやすいところもあるのか。なんだか可笑しくなってきたぞ。


「秘密の共犯者ですか?」

「ただの焼きそば仲間だ」


「そうですか。まあ、いつもは健康のためにちゃんと栄養を摂れって言ってる高千穂せんせが深夜にカップ焼きそば食ってるなんて言えませんよね」

「ああ、そのとおりだよ武村。自分の生徒と深夜に散歩してたなんて、先生にはとてもとてもおおっぴらには言えないんだ。だから黙っててくれ」


 先生が悪そうに微笑む。

 

 少しだけ、この人が生徒に好かれる理由がわかったような気がした。

 いつの間にか成績と将来の不安が重なって生まれた憂鬱さは消えている。

 

 今度こんな気分になった時は、高千穂先生に相談してみようかな。 

 ぼんやりとそう考えた、ある日の深夜だった。

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