2 クリウス・オールグレーン、マミヤ・オールグレーン

「〜〜〜っ!!」


 そのまましゃがみこんで、殴られた頭を手で押さえる青年。の、隣にふわりと舞い降りたその子は、


「兄がすみません! コイツ、いつも言葉足らずで! 人とのコミュニケーション能力が低くて! 怖い思いをさせてしまって、ホント、すみません!」


 彼を兄と呼ぶ、彼と似た顔立ちのその子はそう言って、私に頭を下げた。


「そ、そうですか……」


 呆気にとられた、けど、私はすぐに正気を取り戻す。

 この子が誰であれ、あの青年がコミュニケーション能力が低いからといって、警戒を解く訳にはいかない。

 てか、異人が二人に増えた。状況は悪化したと見ていい。


「では、私はこれで」

「あ!」


 くるりと背を向け、昨日のように走り出す。

 近くのコンビニかどこかに入って、店員さんに事情を説明して、警察に電話して──

 頭の中でシュミレーションしながら走っていたら。


「あの!」

「うわっ?!」


 目の前に、さっきの子が現れた。突然のそれに私は思わず足を止めてしまい、


「私、オールグレーン家の娘、マミヤ・オールグレーンと言います。さっきのポンコツ兄はクリウス・オールグレーン。本当に、あなたに頼みたい、お願いしたいことがあるんです。どうか、力になっていただけませんか……!」


 オールグレーン。その名前に、私は目を丸くした。

 だって、オールグレーンと言えば。世界各地に拠点を置くグローバル企業の名前であり、その創設者一族の名前でもあり、色んな情報媒体でその会社や社長の顔を毎日のように目にする──


「あっ!」

「え?」


 その子の顔を見て、唐突に思い出す。

 兄だと言っていたあの青年と同じ黒の髪に赤い瞳、そして整った綺麗な顔。

 オールグレーンの一族の容姿の特徴も、黒髪に赤い瞳、そして皆美形だという話で有名だった。

 一致する。してしまう。

 いや、落ち着け。異人には他にも、黒髪だって赤い目の人だっているはずだし。

 私は警戒を解かずに、けど少し静かに、目の前の子に声をかける。


「……そこを、どいてくれませんか?」


 言えば、その子は困った顔になって。背負っていた革の鞄から、ゴソゴソとなにか取り出した。


「あの、これ、見ていただけませんか。証拠になると思いますので」

「……?」


 渡されたのは、小さい手帳のようなもの。よく見れば、それはとある高校の生徒手帳で。


「……」


 表紙には学校名が記載されていて、中を見れば、その子の顔写真と、マミヤ・オールグレーンと言う名前と、生年月日や学年やクラスや出席番号その他諸々が記されていた。


「……あの」

「はい」

「これ……ものすごい個人情報だと思うんですけど……」

「はい。私の個人情報です。でも、それくらいしないと、信用は得られないと思いまして」

「そ、ですか……どうも……」


 私はその子に生徒手帳を返すと、


「……あなたのことは、なんとなく信用できましたけど……さっきのは……」

「あ! あれは本当、バカ兄がすみません! 私も今朝、昨日の出来事を聞いたばかりで!」

「なぁ、マミヤ。さっきからコミュニケーション能力が低いとか、ポンコツだとかバカだとか、流石に酷くないか」

「──!」


 マミヤさんの左隣にゆらりと、クリウス・オールグレーンだという青年が陽炎のように現れた。

 私は反射的に逃げの体勢を取る。


「ああ待ってください! 何もしません! コイツがなにかしようものならその前に物理的に止めます! その、本当に手前勝手で申し訳ないのですが、少々お時間をいただけませんか……?!」

「お前……」


 私に向かって必死に言い募るマミヤさんと、まだ殴られたところをさすっているクリウス、さんだというその二人を見て、


「……お時間って、なんです……?」


 と、聞いてしまっていた。


 ◆


 ご相談させていただきたい事柄があるんです、とマミヤさんは言って、タクシーを呼び、私はそれに乗せられ、結構なお値段のするレストランに連れて行かれた。

 私はそこに入るのを躊躇った。だって、今の私は完全なる私服。こんなレストランに入るような、めかしこんだ格好をしていない。

 けど、マミヤさんは大丈夫だと言って、同行をお願いしてきた。というか、懇願してきた。自分が頭を下げるとともに、兄の頭を押さえつけて、強制的に頭を下げさせて。

 そして私は、そんな扱いを受ける兄よりも、その一生懸命さを見せるマミヤさんに若干心を開いてしまい、レストランの人も大丈夫だと言うので、二人についていくことを了承してしまった。

 で、現在。


「お金はこちらが持ちますので、どうぞ、お好きなものを」


 個室に通された私は、


「え、いえ、そこまでしていただく訳には……」


 そこまでってなんだろう。自分の言葉に疑問を抱きながらもマミヤさんの申し出を断って、一番安いコーヒーとケーキのセットを頼んだ。

 マミヤさんは抹茶ラテと白玉あんみつを、その兄、クリウスさん、だという人は季節限定かつこの店舗限定だという三種のパスタを頼んでいた。


「そういうとこだって言ってんでしょうが……!」

「だっ?!」


 マミヤさんに肘鉄を食らわされる兄。

 そして通された部屋で、三人でソファ席に座る。二人がけソファに私一人が。その対面の同じ型のソファの、私の前にはマミヤさん。で、その斜め左前に兄が。


「ねぇ、なんで俺、この位置……」

「いいの。そんで兄さんは黙ってて。話がこんがらがる」

「……」


 ほんとうにきょうだいかまだ確信は持ってないけど、二人の仲が良いのは、私の中で確定した。そして、マミヤさんのほうが立場が上らしいということも。


「……それで、お話、と言いますか、あなたへのご相談なのですが……」


 それぞれ頼んだものが来て、少し口につけたところで、マミヤさんが話を切り出す。


「……はい。……で、見ず知らずの私に、一体どのようなご相談を……?」


 マミヤさんの小声につられて、私も小声になってしまった。マミヤさんは小声のまま、


「一定期間、兄の恋人役をして欲しいんです」



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