第43話 方針の決定欲

「疲れたのは分かったから、早くこちらをどうにかしてくれー。」

「あっ、そうだった。」


 戦いが終わり気が抜けている樹生に対して、エヴィラが声をかける。しばらくの間宙吊り状態だったため、表情もどことなく苦しそうだ。

 樹生は急いで駆け寄り、縛っている木を解く。


「『解け』。」


命令と共に、拘束が解かれる。グラムは見事に着地し、アナとエヴィラは羽を広げゆっくりと降りてくる。

 着地すると、アナが真っ先に近づく。


「樹生よくやったね!ほんと、すごいよ!」


アナは樹生のことを褒め、自分のことのように喜ぶ。その純粋で真っ直ぐな言葉に樹生は少々照れてしまい、頭を掻く。それに続くように、グラムも褒める


「いやぁ、本当によくやったな!まさか、あんなでっかい蛇を作れるなんてな!本当に凄いもんを見せてくれたよ。」


二人が樹生を褒め、場の空気は和やかなものになる。

 そんな空気を一変させる様に、エヴィラが手を叩く。


パンッパンッ

「はい、樹生を褒めるのもいいが、気を抜いている場合じゃないよ。」

「気を抜いてる場合じゃないって?」


エヴィラ指摘に対して、樹生が疑問を持つ。この場を見れば、戦いが終わったことなど一目瞭然だろう。気が抜けないということは、何かが終わっていないことを意味する。


「疑問に思わないのか?なぜ、周りに血痕が飛び散っていないのか、と。」

「…!なるほど確かにな。」

「「…?」」


 エヴィラの言葉にグラムは気付く。しかし、他の二人は気づいていないようで、頭に疑問符を浮かべていた。エヴィラは龍の大木に近づき、それを触れながら説明する。


「この大木は、彼の者を喰らい引き摺ったはずだ。ならば、なぜ地面に血痕、または肉片がない?」

「「…!」」


 エヴィラの説明で二人も気付く。そう、あの時、明らかに龍は和希を捉え、喰らい付いていたはずだ。しかし、龍が引き摺った場所には血の一滴もない。


「とりあえず、大木が行った方向、頭の方に向かおう。推理はそれからだ。」


 四人は龍の頭の方に向かう。龍は木々を薙ぎ倒した後、周りよりも大きい木に噛みついた状態で止まっている。


「樹生、これを退かしてくれ。」

「ああ。『退け』。」


龍の頭はゆっくりと木から退く。すると、どうだろうか。そこにいるはずの和希がどこにもいなかったのだ。


「なっ?!」

「何で?!」

「どういうことだよ?!」

「…やはりか。」


大木には龍の歯形と、衝撃による歪みしかなく、そこに人がいたと思われる痕跡はどこにもなかった。三人はこの事実に驚き、エヴィラは顎に手を当て考え始めた。


「この事実からわかることは、彼は何らかの方法であの攻撃を回避することに成功した。現在、姿を現さないのは、好機を狙っているか、逃げたかのどちらかだな。」

「好機を狙っている?!」


 エヴィラの推理を聞いて、臨戦態勢に入るアナ。しかし、他の三人は特に武器を構えずにいた。


「皆さん何をしてるの!まだ敵がどこかに...。」

「あ~、落ち着けアナ。その心構えはとてもいいことだが、まだ推理の途中だ。それに、武器を構えなくても大丈夫だと思うぞ。」

「...?どういうこと?」


 エヴィラは焦るアナを落ち着かせ、話を続ける。


「攻撃を受ける直前、彼は明らかに怯え、逃げるように背を向けていた。この様子から、再びこちらに攻撃してくる可能性は低いと考える。」

「な、なるほど。」


 エヴィラの説明にアナは納得する。その説明に付け加えるように話を続ける。


「といっても、可能性がなくなったわけではない。だからこそ、君の先程の姿勢は大変評価に値するよ。」

「えへへ。」


アナはエヴィラに褒められ、ほほを緩ませながら照れる。

 場の空気が和んだところでグラムが一つ咳払いをし、注目を集める。


「こんなことが起こった以上、このまま進むわけにはいかないだろう?」


 グラムはエヴィラに聞く。確かに、単独か組織的なものかは確かではないものの、今回、和希は四人を狙って攻撃を仕掛けてきた。彼がどこに逃げたかわからない以上、進行方向をこのまま変えずにいるのも不安が残るだろう。エヴィラは手元に地図を出して考える。


「ふむ、確かにそうだな。

 ...仕方ない。進行方向を多少変えるか。」


 そう言うと、皆に地図を見せる。


「私たちはこれまで、フラーク鉱山に向かって一直線に進んできた。」

「改めて、頭がいいやつの考えじゃないよな。」

「森の中を進んできたのは、なるべく人目につかないためだ。

 しかし、今回の出来事で、人目につかないことが必ずしもいいことではないことが分かった。人目につかない、つまり周囲に人がいないということは、相手側が大胆に行動を起こせるということになるからだ。」

「今回以上の攻撃が来てもおかしくないかもしれないってことか。」

「だから、次は町に出ようと思う。」


 そう言いながら、地図のとある場所を指差す。


「『アイカ町』。ここなら、中継地点としてもちょうどいいし、『フラーク商工街』への繋道もある。一度ここを目指すとしよう。」

「分かった。」

「はい!」

「ああ。」


 こうして、四人は『アイカ町』を目指して、森の中を進んだ。




 一方、森のとある場所で、一人の男が少年を抱えていた。


「まったく、まさか負けてしまうとは。まあ、あなたが調子に乗りすぎたのが敗因でしたが。」


 男は少年に語りかけるように話す。しかし、腕の中にいる少年は気を失っていて、話が聞ける状態ではなかった。


「しかも、最後にあんな情けない行動を起こすとは。どうやら、教育が足りなかったようですね。...ま、死ななかっただけよしとしますか。」


男は少年の行動に呆れ、今後の対応について考えていた。


「それに、刺客はだけではないですからね。せいぜい無様に死んでくださいよ、エヴィラさん...そして、樹生君。」


そう微笑みながら、男―ジュディ・ノイマーは森の中へ消えていった。

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