第40話 交差する思惑欲

「山田和希?...あー!いたな、そんな奴。」


 相手の自己紹介でようやく思い出す。その反応に和希は呆れる。


「やっと思い出したのか?まったく、大学生である君がそこまで低能だと、学力のたかが知れるね。もしかして、大学の偏差値も高くないんじゃないか?」

「…?今、大学の偏差値は関係ないだろ。」

「…そうだね。」


 和希の言葉に、樹生は純粋な疑問をぶつける。この少しの会話で張り詰めた空気がほどけ、緊張感がなくなる。和希は緩まった空気を、咳払いで切り替える。


「ンンッ!まあいいよ。たとえ君が僕のことを忘れようとも、僕が覚えていればそれでいい。いや、いつかは忘れてしまうかもね。」

「…さっきから何が言いたいんだ?まったく話が見えてこないんだが。」


一人で納得している和希に対して、樹生は怪訝な顔をする。彼がなぜ余裕そうなのか、樹生にはまったくわからなかった。


「フフッ。想像力がないなぁ。これだから低能は…。」

「おい、バカにするのが目的ならさっさと帰れよ。」


樹生は終始自分を馬鹿にするような態度をとる和希に対して苛立っていた。そして、先ほどからニヤニヤとしている彼がついに動き出す。


「つまり、君が今から死ぬってことだよ!!」


 そう言うと、和希は腕を突き出す。すると、地面から植物が伸びていき樹生に向かっていく。


「なっ?!」


樹生は咄嗟に後ろに飛ぶ。そして、地面から植物を生やし、向かってくるそれをそらす。


「今のは…。」

「フフ、やはり君も使えたか。この力を。」


和希は含みを持たせた言い方で反応する。


「何でお前がこの力を持っている。」

「理由は明白だろう?君が一番知っているじゃないか。」

「…ってことは。」


 思い起こされるのは、異世界に来てからすぐの人体実験。体の中に謎の細胞を投与された実験だ。つまり、和希もその実験を受けたことになる。


「まさか、僕以外に生きている奴がいるやつがいるとは思わなかったよ。」

「生きている奴…って、じゃあ他の奴は。」

「ああ、死んだよ。」

「…!」


樹生は語られた衝撃の事実に驚きを隠せなかった。異世界に同時に転移してきた同じ地球の人間が、すぐに死んでしまった。忘れていたとはいえ、この世界で数少ない共通項を持つ知り合いの死を、その同郷である和希が淡々と言ったのだ。その衝撃に開いた口も塞がらない。和希は追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「あの実験で死んでしまうとは、弱いやつらだ。まっ、僕と君のように選ばれなかったのだろう。しょうがないのだろうね。」

「…。」


和希は死んだ同郷に対して、バカにするような言葉を放つ。樹生は衝撃で言葉が出なかった。そこまで無慈悲な人間なのかと。彼は、死したことを蔑んだ。それに対して、樹生は怒りが沸き立ってくる。


「そんな選ばれた僕と君だが、選ばれし者は二人もいらない。さっさと君も死のうか。」


 そう言って、和希は攻撃を再開する。枝を伸ばし、樹生の体を貫かんとするばかりのスピードで迫ってくる。樹生はそれを木で掴み、折り曲げる。そして、相手をにらみながら、言葉を発する。


「てめえ、よく人の死をバカにできたな。」

「…?バカにって、事実を言ったまでだよ。彼らは選ばれなかった。ただそれだけだ。まあきっと、僕たちにはあった何かが彼らには足りなかったのだろう。ほんと、残念だよ。」

「だから、その態度がバカにしてるって言ってんだよ!」


それに対して、薄ら笑いを浮かべながら何でもないように答える。


「事実を言ったまでじゃないか。何をそんなに怒っているんだ?」


和希の態度にカチンときたのか、樹生は低い声で宣言する。


「...ああそうか。てめえがその態度を崩さないってならもういいさ。大怪我負っても知らねえからな!」


 樹生は地面から木を伸ばし、猛スピードで和希に迫る。


「いいねいいね!そう来なくっちゃ!」


和希はその攻撃を木の枝で防ぐ。その時の顔は、どこか楽しげであった

 二人の間では、植物の応酬が繰り広げられていた。樹生側の植物が大きく振りかぶればそれを防ぎ、和希側の植物が勢いをつけて貫こうとすればそれをいなす。どちらの攻撃も懐には届かず拮抗状態が続く。その間彼らは一歩も動かなかったが、その額には汗が滲んでいた。


「くっ、このままじゃ埒が明かんな...。」


 拮抗状態に限界を感じた樹生は、勝負を仕掛けることにした。まず、前方に大きく成長させた木で襲い掛かり視界を悪くする。


「なっ?!目くらましか。小賢しい真似を。」


 次に、横に大きく回り、死角に移動する。その間に、和希は前方の木をなぎ倒していた。


「くそっ!面倒なことさせやがって...あれ?!あいつはどこ行った?!」


和希は目の前から突如消えた樹生に、戸惑いを隠せずにいる。


「あいつが遠くに行けるはずがねえ。なら!」


すると、和希の周りに植物が生え始め、全方位に攻撃する。その攻撃は乱雑で、樹生には全く当たらなかった。

 樹生は自分のいる位置とは違う場所から植物を生やし、和希に攻撃する。


「…!そこか!」


見事に和希はそれに飛びつく。乱雑な攻撃をやめ、一気にその方向に枝を伸ばす。全方位に向けていた攻撃が一方向に向いたことで、大きな隙が生まれる。

 樹生は短剣を取り出し、和希に向かって走り出す。和希は攻撃に集中してしまい、樹生が近寄っていることに気づかない。

 樹生は和希の背後に立つことに成功した。首に短剣を当てたとき、遂に和希は背後に樹生がいることに気付いた。


「ここまでだ。」

「…!おっと。」

「お前の負けだ。」


 樹生は勝利宣言をする。なるべく相手を傷つけないように力を加えずにいる。そのせいか、和希は随分と余裕そうな顔をしている。


「フフ、勝利宣言のわりには、すぐに殺さないんだな。」

「は?当たり前だろ。簡単に人を殺すわけないだろ。それにお前には聞きたいことが山ほど。」

「フフフフ。」


 和希は樹生の言葉を聞き、余計に笑い声をこぼす。樹生はそれに不信感を抱く。


「何がおかしい。」

「ハハハハハ!」


和希はすぐには答えず、ひとしきり笑い飛ばした後に息を整えて答える。


「そりゃ笑っちゃうよ。この覚悟の決まってない行動、笑わないほうが無理って話だ。」

「何だと…!」


和希は一連の行動を見て笑い飛ばし、樹生を煽る。その言葉に樹生は眉を顰める。

 そして、和希は言葉を続ける。


「それに、僕がただ君の目の前に愚直に現れ、真正面から攻撃をするバカだと思ったかい?」

「何?」

「これ見て絶望しろ。」


その言葉と共に指を鳴らす。すると、二人の前方に植物が現れる。何かを引き寄せるように、そして姿を見せるように背を高くする。そして、その全容が見えようとしたとき、


「お前ら!」


そこには、アナ、グラム、エヴィラの三人が縛り付けられていた。

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