第37話 甘美な食欲

 地面に突っ伏した二人が起き上がり、崩落した洞窟を見る。


「うわぁ、派手にやったねぇ。」

「ここまでする必要あったのかな?」


崩落した洞窟を見て、樹生は驚き、アナはその必要性について疑問を持った。それに対して、爆破を行ったエヴィラが答える。


「あのままだと、私たちは蜂の餌食になるところだった。夜も近く、日が陰っている。ケーバルブーが動ける光度になってしまった。ゆえに仕方ないんだ。自分が生き残るためだと、割り切るしかないよ。」


その説明を聞き、アナは複雑な顔をしながら納得する。それに比べて、樹生は当然といった顔をしていた。

 全員が立ち上がり集まる。今回の目的である蜂蜜を見せあっていた。


「おお!ちゃんと取れてるな!」

「逃げてる途中で落とさなくてよかった...。」

「これだけあれば問題ないんじゃないか?」

「ああ!むしろ、多く報酬がもらえるかもな!」


容器の中に入っている蜂蜜の量を見て、グラムは満足そうにする。それを見て、ほかの三人も安心した顔をする。


 洞窟を出たのが夕暮れということもあり、その日は野宿をした。樹生が焚火の準備をしている隣で、アナがとある提案をする。


「ねえ。」

「どうした?」

「せっかくだしさ、ちょっとだけ蜜食べない?」

「はあ?」


たくさん集めた蜜の一部を食べないかという提案だ。もちろん、それを樹生が承諾できるわけがなく、すぐさま否定する。


「ダメに決まってるだろ。ていうか、俺に聞くな。普通はグラムに聞くだろ。」

「それもそっか。おーい、グラムー!」

「ん?どうした?」


樹生の判断に納得したアナは、すぐさまグラムに聞く。


「せっかくいっぱい取れたからさ、ちょっとだけ食べない?」


すると、グラムは口に手を当て、少々悩む。そして、アナに向き直り答える。


「ああ、いいぞ。」

「本当?!」

「ああ。一食分なら問題ないだろう。確か、パンがあったはずだ。それの上に塗って食べよう。」

「やったー!」


アナは跳ねるように喜ぶ。

 食事の準備が終わり、四人は火を囲む。グラムが容器を取り出し、ふたを開ける。すると、甘く上品な香りが漂う。スプーンで掬うと、火に照らされ黄金に輝く蜜が見える。それを見て、アナは涎を垂らし、樹生は喉を鳴らす。蜂蜜をパンに塗ると、隣のエヴィラに容器を渡す。全員が蜜を塗り終わると、樹生は手を合わせ、アナは手を組み、グラムは片手を握り胸に寄せる。


「いただきます。」

「欲の糧になりますように。」

「野生に感謝を。」


 三人が言い終わると、食事が始まる。一足先に、アナが焦るようにパンを頬張る。一口含んだ瞬間に、目をキラキラと輝かせる。


「ん~!!」


口に入れた瞬間に広がる甘さとおいしさに、思わず声が出てしまう。悶えるように腕を振り回す。そして、名残惜しそうに飲み込む。


「ゴクッ。…美味しい〜!」


アナの感想と笑顔を見て、ほかの三人もパンを食べる。


「んん!ウマいなこれ!」

「ほう。これは中々。噂通りの甘さだが、しつこくなく、後味も良い。」

「これ、いくらでもいけるぞ!」


三人もそのおいしさに、驚嘆し感心する。四人の食事の手は止まることなく、特にパンは真っ先になくなってしまった。

 食事の最中、グラムが樹生に対して質問する。


「なあ、樹生。」

「ん?どうした?」

「お前に聞きたいことがあるんだが。」

「うん?」

「洞窟を出るときにあったあの木、お前が操作したのか?」

「ッ?!ゲホッゲホッ」


グラムの質問に驚き、食べ物を詰まらせむせてしまう。水を飲んで落ち着くも、グラムの質問に素直に答えようか悩んでいる。樹生はエヴィラの顔を見る。すると、エヴィラは一つ頷き、グラムのほうを向く。


「それについては私から詳しく説明しよう。」

「お!そうか。」


 そうして、今までの経緯を説明する。説明し終わると、グラムはその情報をかみしめるように深く頷く。


「は〜、なるほどね〜。…ん?これって知っちゃまずい情報だったりしないか?」

「まあ、そうだな。」

「まじかよ!やべぇじゃねえか!」

「落ち着け。他人に喋らなければ、危険は無いはずだ。」

「秘密ってことね。」

「そういう事だ。」


こうして、グラムにも樹生の状況が共有された。


 それから時間が経ち、夜が開ける。四人は、グラムが依頼を受けた町であるルーチス町に来ていた。グラムが蜂蜜を渡している間、三人は噴水の見える広場で待っていた。


「ここを出たらどこに行くんだ?」

「地図を出そう。

 今いる場所がここだ。そして、次の目的地はここだ。」

「ここって…。」

「ただ、完全にまっすぐにはいかず、少々寄り道をする。それはわかってくれ。」

「別にそれくらいは問題ねえよ。お前の方針に従うだけだからな。」

「ふっ、ありがたい言葉だ。

 …おっと、話し込んでいる間に彼が戻ってきたようだ。」


三人がベンチで話していると、グラムが上機嫌で戻ってくる。傍から見ても分かる。どうやら、うまくいったようだ。


「よう。待ってくれてありがとな。」

「いやいや。それで…どうやら、うまくいったようだね。」

「ああ、そうなんだよ!渡した量が相手の想定よりも多かったらしくてさ、倍の報酬もらえたんだよ!…ほら!」


そう言いながら、懐からお金を出す。それを見て、アナと樹生は驚く。それだけ厚みがあり、見ただけで報酬の高さがうかがえる。グラムが上機嫌だったのも頷ける。

 すると、グラムは報酬のうちの半分を前に出す。


「これ、お前たちにやるよ。」

「いいのか?」

「ああ。手伝ってくれたお礼だ。」

「しかし、半分は…」

「良いんだよ。さあ、受け取ってくれ。」


グラムはエヴィラの手に半分の報酬を無理やり握らせる。少々困惑していたが、あきらめの付いた顔をして、それを懐に入れる。


「いやぁ本当に、今回はありがとうな。」

「ふっ、気にするな。旅は助け合いだからな。」

「そうだよ。困った時はお互い様だからね。」

「それにいい経験にもなったしな。」

「…そうだな。とにかく、本当にありがとう。」

「ああ。じゃ、またどこかでな。」


 グラムの感謝を受け取り、三人は背を向ける。


「待ってくれ!」


しかし、グラムがそれを止める。何事かと三人は振り返る。目の前にいるグラムは、真剣な顔をしていた。


「俺も連れて行ってほしい。」

「「「…!」」」


 グラムの宣言に三人は驚く。三人は互いに目を合わせる。そして、エヴィラが口を開く。


「それは、どうしてだ?」

「…お前たちと旅をすれば、何か見えそうだからだ。俺自身の旅の目的につながりそうでな。

 それに、ひみつも知っちまったしよ。」


真剣そうに、しかし少し笑みを浮かべながら理由を語った。それを聞いた三人はもう一度目を合わせる。


「君たちはどう思う?」

「僕自身が同じように頼み込んで連れて行ってもらっているから、何も言えないかな。」「言っただろ。お前の方針に従うだけだと。」


二人の答えを聞くと、エヴィラはグラムに向き直る。


「ま、人は多いほうがいいからな。」

「ってことは!」

「ただし、命の保証はしないぞ。」

「おうよ。そんなもん関係ないさ。いつも、危険と隣り合わせよ!」

「そこまで啖呵を切れるなら心強いな。」


エヴィラはグラムの返答を聞いて頼もしく思う。


「改めて!俺の名前は『グラム・カイト』!ウルルクの影を持つ獣人種で、年齢は24。今は旅をしているが、元は故郷で聖職である狩人をしていた。これからよろしくな!」

「ああ、よろしく。」

「よろしくね!」

「期待しているぞ。」


 こうして、新たな仲間を迎え、樹生たちは旅に出た。

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