第36話 忙しない脱出欲
グラムは振り上げた斧を床に一気に振り下ろす。
「『蟲類限定 硬直波動』!!」
その声とともに斧が振り下ろされると、部屋全体に轟音が響き渡る。すると、どうだろうか。目の前の女王蜂の動きが止まっているではないか。
―動きが止まった?!
樹生もそのことに驚いている。しかし、完全に止まっているわけではない。足先がピクピクと動いており、動こうとしても動かせないという状態らしい。
その光景に呆けていると、エヴィラが声をかける。
「何、巣の中で暴れているんだ。」
その言葉を聞くと、樹生は意識を取り戻し、辺りをキョロキョロと見渡す。そして、脇に大量の容器を抱えたエヴィラを見つける。
「急いで帰るぞ。君たちが騒いだせいで、蜂たちが起きそうだ。」
地面を見ながら言う。それにつられて、二人も地面を見ると、先ほどまで一切動いていなかった蜂の足が、ピクピクと動き始めている。まるで今から起きようとしているように。
エヴィラは言い終わると、まっすぐ入口のほうに走る。気付いた二人も、続いて入り口に向かって走る。
入口には驚いた様子で三人を見るアナがいる。
「な、何で、こっちに向かって走ってきてるの?!」
「二人が騒いだせいで蜂が起きそうなんだ!起きる前に急いで出るぞ!」
「ええ!!」
エヴィラから事情を聞いたアナは、大変驚き、自分も部屋から背を向け走り出す。その時、あまりの出来事に思考が乱れたため、三人にかけていた聖法が解ける。
後ろの二人が部屋を出たあたりで、蜂が次々に飛び上がる。そして、二人の後ろ姿を見るなり、目にも止まらぬ速さで追いかけてる。
「うわっ!ついに起きやがった!」
「くそっ!急いで出口まで向かうぞ!」
四人は出口に向かって全速力で走る。しかし、蜂の方が速く、気を抜くとすぐ追いつかれてしまいそうになる。
「くっそ、速すぎだろ!」
「やばいやばい、どんどん近づいてくるじゃん!」
「あれに捕まったら、肉塊どころか骨だけになってしまうかもな。ハハハ。」
「笑っている場合か!」
エヴィラがなぜか余裕そうにしているが、本当に笑える状況ではなく、蜂との距離は徐々に縮まっている。
しばらく走っていると、外の光が見えてくる。
「はぁはぁ、やっと出口だ。」
「あれ、なんか外暗くない?」
「…まさか、夕暮れか?!」
そう、洞窟に潜っているうちに時間が過ぎ、夕暮れになってしまったのだ。そのため、昼間のような明るさがなく、ぼんやりとした光が見えるのみだ。しかも、入り口の向きが東にあるため、余計に暗く、光が入ってこない。このままでは、蜂が出口付近、最悪外にまで追いかけてくる可能性がある。
そんな可能性を考えてしまった樹生は、全力で思考を巡らせる。
ーまずい!このままだと、外にまで追いかけてくる!なんとかしてこいつらが外に出ないように…いや、それ以前に俺らが外に出ないと!どうやって距離を離す?どうやって…そうだ!
すると、樹生はとあることを思いつく。
ービアと戦ったときのアレを使えば!
アレとは、ワイガー邸にてエピロトビアと対峙した時に使用した、『弾き飛ばし』の命令である。しかし、それにはある欠点があった。
ーだけど、アレ発動までに時間かかるんだよな。
そう、弾き飛ばすあの瞬間までに時間がかかるのだ。『弾き飛ばし』は木を強くしならせ、その留め具を外した時の勢いを用いて、パチンコのように飛ばすという仕組みだ。その仕組みを構築するためにある程度の時間が必要なのだ。その欠点があり、それが使えないと考える樹生。万事休すかと思われたとき、とあることを思い出す。
ーそういえば、魔法の仕組みって応用できないかな?
それは、エヴィラが言っていた魔法、聖法の詠唱の仕組みだ。詠唱でその魔法の設計図を提示し、提唱で発動する。もしも、それが植物操作で行えたら。
ー時間はない。ダメ元でやるしかない!
思考する時間はもうすでに残っていない。故に、ダメ元で、例えできるか分からなくても、やるしかないのだ。
樹生は右手を前に出し、壁や地面に向けて集中する。すると、ずっと前の壁から植物が生えてくるのが見えてくる。近づくたびに成長する植物。その植物に近づいた時に、大きな声で叫ぶ。
「『抜錨ーバンビリオンー』!!」
すると、植物が一気に膨れ上がり、通り過ぎる瞬間に何かが千切れる音が聞こえた。瞬間、四人は背中に強い衝撃を受ける。
「グッ」
「ゲフッ」
「ガッ」
「ゴフッ」
勢いよく弾かれた四人は、出口まで一気に飛んでいった。
「「ギャッ」」
シュタッ
エヴィラとグラムが綺麗に着地する傍ら、樹生とアナは着地に失敗し、頭から地面に突っ込んでいった。
エヴィラは着地すると、すぐさま洞窟の方を向いた。そして、槍を前方に突き出し、魔法を詠唱する。
「『爆壊ープロミネーションー』!」
詠唱後、魔法陣が洞窟の天井に展開される。次の瞬間、巨大な爆発音とともに天井が破壊される。そして、その爆発によって崩落が始まり、入り口が完全に塞がれてしまった。
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