第35話 巣の中の睡眠欲

 巣の部屋の前で、エヴィラは魔法を唱える。またその隣で、アナも聖法の準備をしている。


「『入眠―スリーパス―』」


すると、部屋内部でドサドサと音が聞こえる。どうやら、魔法がしっかり効いたようだ。続いて、アナも聖法を唱える。


「『刺痛―ぺリル―』」


アナが聖法を唱えると、三人は顔を歪める。特に、樹生は痛みに驚き、声を上げる。


「いって!これ、かなり痛いんだな...。」

「まあ、神経に直接、訴えているからな。」

「だが、これなら眠くても寝ないだろうよ。」

「確かにな。」


彼らはそれぞれ、正しく聖法が効いたことを確認する。そして、ついに三人は巣の中に入る。

 慎重に中に入ると、地面に大量の蜂が転がっている。


「うわぁ。気持ち悪いな。」

「巣の中だからな。」


巣の中を観察すると、中央部に謎の肉塊がある。


「あれって…。」

「先ほどのオールネビアだろうな。ケーバルブーは雑食だからな。」

「うぇ。」


樹生は酷い残骸を見て気分が悪くなる。

 三人はそそくさと壁中にあるハニカムにそれぞれ向かう。樹生は床の蜂やビアの肉塊をあまり見ないように移動する。そして、ハニカムに辿り着き、一部を切り取り、容器に入れる。入れ終わると、違う場所に移動する。同じ場所から大量に取らないように、とエヴィラから指導を受けたためだ。

 なるべく周りをを見ないように移動すると、何かでかいものにぶつかる。


「いてっ。…?うわっ!」


振り向くと、そこには樹生の倍ほどの大きさのケーバルブーがいた。あまりの大きさに、樹生は思わず大声を出してしまった。すると、グラムが近づき、小声で注意する。


「馬鹿野郎!大声を出すな!」

「すまんって。こんなにでかいのがいるとは思わなくて。」

「最初から居ただろ。」

「いやぁ、ちょっと部屋の中直視したくなかったからさ。」

「はぁ。」


樹生の言葉にグラムはため息が出てしまう。


「しかも、これ女王蜂じゃねえか。」

「まじで?!」

「だから、声が大きいって!」

「はっ!」


樹生は慌てて口を抑える。何でも、この一際大きい蜂はケーバルブーの女王蜂らしい。大きさは樹生とほぼ同じくらいである。樹生は笑いながら頭を掻き、謝る。


「とにかく悪かったよ。次から気をつける。」

「今、この瞬間から気をつけてくれ。」


樹生は返事をすると、ハニカム採取に戻る。樹生の様子を見て大丈夫そうだと感じたグラムもハニカム採取に戻ろうと背を向ける。しかし、二人の背後で静かに動く気配があった。

 グラムに注意されたこともあり、気を引き締め直した樹生は、ハニカム採取に集中する。集中していると、いきなり背中を押されてしまう。


「うわっ!何だよ…って!」


樹生が振り向くとそこには、先ほど見た巨大な蜂の針を、グラムの斧が防いでいる光景があった。


「こ、これ、どういうことだよ。」


 樹生は、目の前で起こっていることに戦慄する。本来であればエヴィラの魔法で寝ているはずの蜂が起きており、自分たちに攻撃しようとしていたのだから。


「な、何で蜂が起きて…。」


その疑問に、グラムが攻撃を弾きながら答える。


「きっと、さっきぶつかった時に起きたんだろう。魔法も完璧じゃないってことだな。」

「そ、そんな。俺のせいで。」


その言葉を聞き、樹生は顔を青くする。自分の軽率な行動のせいで味方に迷惑をかけてしまった。自分の行動を頭の中で責め立てる。そんな樹生にグラムが声をかける。


「確かにこいつを起こしたのはお前のせいだ。」

「…っ!」

「だが、だからといっていつまでも落ち込むんじゃねえよ。自分のせいだって分かってるなら、それらしい行動をしろ。」

「…!ああ!」


樹生は顔を上げ、青くしていた表情を晴らす。その眼差しは真剣そのものだ。

 樹生はそばに落ちているハニカム入りの容器を全て持ち、部屋の入口まで行く。そして、アナにこの容器を託す。


「すまん、今だけこれを持ってくれ。」

「えっ?!…ちょっと!」


アナの意見を聞かずに、踵を返す。

 一方、グラムは蜂の猛攻を見事に捌ききっていた。女王蜂の針を斧でしっかりと弾いている。グラムはあえて反撃せず、相手の動きを分析している。


ー一撃一撃は重いが、動きが単調だな。それに、体が大きい分、虫らしい素早い動きが取れないでいる。…何でこいつ大きく進化したんだ?

「…だが、やはり、戦いは良いな。」


グラムは戦いに高揚感を得ており、口角を少しばかし上げていた。戦闘欲が彼を更に湧き立たせる。

 しかし、その湧き立つ欲に水を差すものがいた。入口に行っていた樹生が懐に手を入れながら戻ってくる。グラムは戦いを少々楽しんでおり、それに気がつかない。戦っている場所に近づくと、懐からナイフを取り出す。そして、それを女王蜂目掛けて投げる。ナイフは綺麗な軌道を描き、女王蜂の目に直撃する。

 ナイフが目に刺さると、女王蜂は今までの攻撃をやめ、悶え始める。グラムも、樹生の存在に気づいていなかったため、驚いている。そんなグラムに、樹生が声をかける。


「なっ?!」

「今だ!グラム、やってくれ!」


その声はまさしく反撃の合図となる声だった。グラムは抜けてしまった気を持ち直して、斧を構え直す。


「ったく、せっかく人が戦いを楽しんでいたってのに。まあ、ありがたい一撃だったがな。」


グラムは斧を振り上げる。すると、グラムの雰囲気が一気に変わり、集中しているのがよくわかる。数瞬後、グラムが斧を一気に振り下ろす。


しかし、斧を振り下ろした先は、女王蜂ではなく、床だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る