第28話 覚悟の出立欲
「なっ!アナ、本気で言っているのか!」
「本気です!本気で旅について行きたいんです!」
アナの発言に衝撃を受け、樹生は固まってしまう。そんな中、ライジは教官としてすぐさま反論する。
「ダメだ!旅に行かせることはできない。」
「な、なんでですか!」
「お前はまだ訓練生、生徒の身だ。そんな君を学校の手の届かないところに行かせるわけにはいかない。」
「な、そ、それなら、」
「それに、」
ライジの反論に異議を申し立てようとするが、ライジは反論を続ける。
「死ぬかもしれないんだぞ。ここにいれば、ある程度の安全が保障される。しかし、旅に行けば安全とは無縁の世界だ。」
「…!」
「だから諦めてくれ。お前が訓練校を卒業してから、」
「それでも、」
ライジは強く、しかし優しくアナを宥める。そして願うかのように、諦めることを促す。しかし、
「僕は行きたいです。」
諦めなかった。
「強くなりたいんです。誰もが認める強さを持った軍人に、なりたいんです。」
「…!」
アナの言葉には確固たる意志があった。
「それに、教官は言ってました。軍人になれば死と隣り合わせだと。ならば、旅に出て死を実感することも大事だと思います!」
「…。」
アナの意志の強さに、ライジは黙ってしまう。長い沈黙の後に重々しく口を開く。
「もう一度言うが、死ぬかもしれないんだぞ。」
「覚悟の上です。」
「本気なんだな。」
「はい。」
アナは強い意志を持ってライジの言葉に返す。ライジはその目を見てため息をつく。
「はぁ。なら、俺はもう何も言わないからな。」
「…ってことは!」
ライジは、全ては言わなかった。しかし、アナの門出を許したのだ。
「ただし、樹生さんから許可をしっかりもらえよ。許可が降りなかったら諦めてもらうからな。」
「わかってますよ!」
ライジは条件を出し、アナはウキウキしたまま樹生の方を振り向く。
「で、樹生さん!ついて行ってもいいですか!?」
「あぁ、いやぁ、俺が許可出してもなぁ。とりあえず、エヴィラに聞くしかないと思うから、一度エヴィラに会うか。」
樹生は自分で答えを出さず、エヴィラに任せることにした。
そんなこんなで、ホテルの部屋に三人は向かった。
「そういうことなんだ、エヴィラいいか?」
「あのな、私抜きで話を進めすぎだ。」
ホテルの部屋でエヴィラに聞くと、エヴィラは呆れたように答える。
「お願いします!僕を旅に連れて行ってください。」
「嫌だね。」
エヴィラはアナの申し出を即座に却下する。
「な、なんで。」
「なんでも何も、足手纏いだからだ。」
ガーン
エヴィラは簡潔にキッパリと理由を言い、アナは明らかに落ち込む。
「おい、言い過ぎじゃないか?」
「事実を述べているだけだ。まあ、彼女がこれで諦めるならそれまでだがな。」
エヴィラは落ち込んでいるアナの様子を観察する。
–あ、足手纏い。確かに、僕は強くない…。けれど!
「これから…これから強くなります!旅の中で!絶対に足手纏いとは言わせません!僕は強くなりたいんです!」
「ふむ。」
アナの決死の言葉に、エヴィラは片目を閉じて、アナを見ながら考え込む。
−…なるほど、いい欲だ。
そして、ついにエヴィラが口を開く。
「出発の日は九日後の10時。それに遅れたら、置いて行くからな。」
「それって…」
「ああ、連れて行ってやる。せいぜい死ぬなよ。」
「〜ッ、はい!」
エヴィラから、許可が降りた。これによって、アナの同行が決定した。ライジはそんなアナの様子を見て、嬉しいような寂しいような顔をしていた。
そして時は流れて、九日後の9時半頃。樹生たちはホテルのチェックアウトをすませようと、ホテルのロビーにいた。
「ん〜、また旅に出るのか〜。もうしばらくここにいたかったなあ。」
「これ以上時間をずらすと、私の計算に支障がきたすからな。諦めろ。」
「わかってるよ。」
エヴィラがチェックアウトをすませ、ホテルの外に出ると、
「お、しっかり来ているな。」
荷物を持ったアナがいた。
「はい!当たり前です!」
「さすが軍人。訓練生とはいえ、しっかりしてるなぁ。」
そんなアナに関心した樹生がアナを褒める。穴も満更ではないように照れる。
ひとしきり褒められた後、アナは2人に向き直り、姿勢を正しながら自己紹介をする。
「改めまして、『アナ・リエル』といいます!年齢は17歳!ウーロンド王国立訓練軍学校の陸部科所属!2年生です!これからよろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな。」
「こちらこそよろしく。」
2人は、改めてアナを受け入れる。
「よし、それじゃ行くぞ。」
「ああ。」
「はい!」
ついに、三人が歩み始めようとしたとき、
「おーい、ちょっと待ってくれー!」
誰かが、三人を呼び止める。後ろを振り向くと、そこにはライジが駆け寄っていた。
「教官?!」
「よかった、まだ行ってなくて。」
ライジはアナに近づくと、背負っていたものを渡す。
「お前にこれを渡す。開けて見てくれ。」
それは、布に包まれた棒状のものだった。アナがその布を外すと、鞘に収められた一本の剣があった。
「これって。」
「私の軍剣だ。もう使ってはないが、毎日整備は欠かしていない。しっかり使えるはずだ。」
「ほ、本当にいいんですか?」
「ああ。」
「ありがとうございます!」
アナは、その剣を抱きしめながら感謝を述べる。
「ただ、」
「…?」
「その腰に携えてるやつは返してもらう。」
「あっ。」
「一応それ、学校のものだから。持ち出されると少々困る。」
「えへへ、すみません。」
アナは、元々腰に携えていた剣をライジに渡す。その後、ライジからもらった剣を代わりに携える。
「…俺は、人に夢だとか理想だとかを押し付けるのは嫌いでな。だから、それを渡すことに意味を付けたくない。」
「…」
「だけど、それがお前の夢の後押しになればいいと、俺は思っている。」
「…!」
「アナ訓練生!」
「はい!」
「生きて帰れよ。」
「…!はい!!」
最後にライジは軍人として、アナを激励する。そして、エヴィラたちに向き直る。
「では、アナのことを頼みます。」
「ああ。保証はしないが、できる限り死なせないようにはする。」
こうして、三人は街を発つ。ライジは、三人が見えなくなるまで敬礼していた。
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