第24話 恐怖の対処欲

「大丈夫か?」


 エヴィラは部屋に駆け込み、アナに近寄る。


「ハァ、ハァ、ぼ、僕は大丈夫だけど…樹生…さんが。」


 アナはとある方向を指差す。指をさした方向を見ると、樹生が壁にもたれかかっていた。左の肩から腕にかけてをひどく損傷しており、血がだらだらと流れている。

 その様子を遠目から見たエヴィラは、冷静に答えた。


「あれは…、確かにひどいが…、いや、これならむしろ、あのままでも大丈夫な可能性があるな。」

「えっ、どういうこと?!」


 エヴィラの意外な返答に、アナは驚きを隠せなかった。樹生の損傷は、どう見ても治療が必要なほどにひどいものだった。しかし、エヴィラは治療しない選択をした。その言動に理解ができなかった。


「早く治さないと!このままじゃ、死んじゃう!!」

「落ち着きたまえ。彼はあの程度では死なないさ。」

「何を言ってるんだよ!人なら、普通に死んじゃうよ!」


 アナの訴えもつゆ知らず、エヴィラは立ち上がり、足を前に進める。


「まあ、君が心配するのも分かるさ。だが、私は君よりも彼のことを知っている。」


ゆっくりと歩きながら、淡々と説明する。


「確かに彼の怪我は、すぐさま治療しなければならないほどの重傷だ。しかし、彼においては別で、あれでは死なない。

 そのため、私たちが今やるべきことは、彼の治療じゃない。」


そして、エピロトビアの目の前に立つ。


「こいつをどうにかすることだ。」


グオォォォ


 ビアの咆哮とともに、構えの姿勢をとる。


「もう起きたか。一体どんな細工をしているのやら。」


 エヴィラは、目線をワイガーの方に送る。ワイガーはその視線に特に気付くことはなく、命令を出し続ける。


「何人増えようが変わりはしない!まとめて殺してしまえ!」


 その声に呼応するかのように、ビアが動き出す。腕を振り上げ、まとめて薙ぎ倒すかのように横に振る。しかし、エヴィラはそれをを使い、簡単に受け止める。


「あれ?!いつの間に槍を?」

「ただの魔法さ。」


 アナの疑問に平然と答える。まるで、ビアの攻撃が何ともないかのように。

 その後もビアの猛攻撃は続く。しかし、エヴィラはそれを簡単にいなす。


「動きが遅く、分かりやすい。人に飼われていようと、野生生物は野生生物というわけか。ふっ、魔法を使うまでもないな。」


 エヴィラが介入してからというもの、ビアの攻撃がまともに届かなくなっていた。そのことにワイガーは焦りを感じた。


「クソッ、なぜだ!なぜ殺せない!いや、あいつはなぜ、あのエピロトビアに対抗できる?!」


傍から見たエヴィラのその強さに、ワイガーは困惑していた。

 エヴィラの戦いを見ているアナも、悩んでいた。


―樹生さんが僕のせいで傷ついて、エヴィラさんもあんなに戦っていて。

 あれ、僕は何をした?ただ、足を引っ張ってるだけじゃ…。

「僕は、一体…。」


アナはこれまでの自分の行動を振り返り、自分の不甲斐なさに打ちひしがれていた。自分は何もできていないのではないか、足手まといではないかと、振り返れば振り返るほど気分はどんどん沈んでいく。いつしか、剣を持つ手に力が入らなくなってしまった。

 そんなアナを見かねたエヴィラは、ビアに対応しながらアナに語りかける。


「僕は…。」

「おい!何をしている。なぜそこで突っ立ている。」


エヴィラは振り向かずに、さらに言葉を重ねる。


「何もしないなら別にいい。だが、その場合はこの場から去ってもらいたい!」

「ッ!!」


 その言葉は突き放すかのような叱責。その言葉がいやにアナの心に突き刺さり、まるで拒絶されているかのような感覚に陥った。その言葉通りにならないように、アナは剣を握り直し、立ち上がる。しかし、足は震えており、剣もまともに握れてはいない。呼吸もどこか荒く、冷静ではないことがうかがえる。


「や、やらなきゃ。ぼ、僕は、ま、任されたから。ハァ…ハァ…」


 自分に任されたという事実で自分を奮い立たせようとしているが、顔には焦りと恐怖が混ざりあって、まともな状態ではないことがわかる。そんなアナを見かねて、エヴィラは優しく声をかけた。


「ハァ…。アナ、君は震えながらも立つことができた。つまり勇気があったということであり、立ち向かいたいという欲があったということだ。

 さあ、一度冷静になって自分のできることを考えてみなさい。」


 その優しい言葉は、冷静でないアナの耳にすんなりと入っていった。それにより、自分が冷静ではなかったことに気付く。アナは、一度目を瞑り、深呼吸をした。頭の中ではエヴィラの言葉、樹生の言葉が思い起こされていた。


『無理に考えすぎる必要はない。己のできることだけをやればいいんだ。』

『勝たなくてもいい。超えなくてもいい。だが逃げ続けてはいけない。逃げてばかりではこの先、簡単に死んでしまうからな。』


そして、同時に訓練校でのライジの言葉も思い起こされた。


『いいか、お前たちはこれから軍人になるのだ。そのうえで、お前たちの成長を阻むものが存在する。それは、恐怖だ。正直言って、俺は恐怖からは逃げてもいいと思っている。わざわざ怖いものに立ち向かうのはバカのやることだからな。

 しかし、軍人となれば話は変わる。今後、どのような現場に関わるかは分からないが、いずれ自分が恐怖に感じているものに立ち向かわなければいけない時が来る。そうなったとき、お前たちは。猪突猛進に恐怖に立ち向かえ。自分はやれると、自分はその恐怖に勝てると、馬鹿正直に信じろ。そうすれば、欲となり、力となり、勝ち筋となるからだ。』


 その言葉が頭を巡ったとき、アナの意識が変わる。目を開けば、そこに立っているのはただの少女ではなく、一人の立派な軍人となっていた。顔は凛々しく、冷静さを感じさせる。

 そんなアナの姿を見て、エヴィラは少し安堵した。


「フッ、軍人らしい顔つきだ。」


 アナは剣を構えて、後ろからビアににじり寄る。ビアはエヴィラに夢中になって、アナのことに気付かない。


―大丈夫。僕ならやれる。訓練を思い出して。

「ふぅ。」


 目を瞑り、一呼吸置く。気持ちを落ち着かせながら八相の構えを取る。

 エヴィラが攻撃をいなし続けていると、ついに槍をビアに掴まれてしまう。


「グッ」

「いいぞ!そのまま、捻り潰してしまえ!!」


 ビアに力で押され始める。誰もがエヴィラに集中した瞬間、ついにアナが動き出す。

 床を蹴り、ビアの方向に飛び出す。剣を握る力が強くなった時、刃が光出す。そして、ビア目掛けて剣を振りかざし、アナは叫ぶ。


―自分の力を信じて、ただ突っ込むだけ!

「『斬光ざんこう―ライゼン―』!」


 輝きを放つ刃は、ビアの肩を捉え、腕を切り飛ばす。


グオァァァ


 腕を切り落とされたビアは、あまりの痛みに槍を離す。エヴィラはそれを逃すことなく、すぐさま槍を持ち直す。次の瞬間、腕が仄かに光り、筋肉が膨張する。そして、


「『剛筋―マレーストルグ―』」


槍を横薙ぎに振るい、ビアの腹に見事に命中する。


グガッ


腕を切られた時の痛みも相まって、その衝撃に耐えられず、弾き飛ばされてしまう。

 弾き飛ばした後、アナがエヴィラの方に近寄る。


「ぼ、僕、やりました!僕でも、出来ました!」

「あぁ、よくやったな。」


エヴィラは、アナのことを褒める。褒められたアナは、「えへへ」と言いながら照れていた。

 一方、ワイガーは一方的にやられているビアに対して、苛立っていた。


「クソ!まさかビアがここまでやられるとは…。」


そして、怒りをあらわにしながらビアに命令する。


「早く立て!そして奴らを始末しろ!」


その声を聴いたビアは、重く鈍い動きながらも、体勢を立て直そうとする。

 それに対して、アナは焦りだす。


「ま、まずいですよ。またビアが来ます!早くとどめを刺さないと!」

「いや、大丈夫だ。焦る必要はない。

 それに、とどめは彼が刺すからな。」


そう振り返りながら言ったエヴィラの視線の先には、


複雑に絡み合った植物の中心にいる森川樹生が、短剣を構えていた。

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