第二章 極悪貴族を暴け
第16話 不穏な助欲
あれから五日が経ち、ついにウーロンド王国へ出発する日となった。出発するにあたって、樹生たちは車の前に立っていた。
「まさか車が本当にあるなんて。」
そう、ウーロンド王国まで行くのに足として使う車が、自動車そのものだったのだ。
「あれ、言っていなかったか?」
「いや、まあ、聞いてはいましたけど。」
「君は一体、何を想像していたんだ?」
「なんか、馬車的なものを使うのかと。」
「馬車?随分と古風なものを。もしかして、君の故郷はこういうものが普及していないのかな。」
「まあ、ははは。」
樹生は、異世界といえばと馬車を想像していたようだ。しかし、この世界は想像よりもずっと文明が進化しているようだ。エヴィラは、樹生の発言にため息をついていた。
「…文明の進歩についても教えておくべきだったか?」
この五日間でこの世界の常識と呼べる部分と共通言語を教えたようだが、樹生の固定観念は五日程度では拭えなかったようだ。
「皆さん何をしてるんですか?早く乗りましょうよ。」
先に乗っていたアナの言葉により、全員が車に乗った。運転席にはライジが座り、助手席にエヴィラ、後ろの席に残りの二人が座った。
「みんな乗ったかな?では、出発しますよ。」
「出発進行!」
「アナ、大人しくしなさい!」
「は、はい…。」
何とも締まらないながらも、車は発進した。
走行中の車内では、様々な会話が繰り広げられていた。
「いやぁ、やっぱり繋道は早いな。」
「その言い方だと、今までは繋道を使っていなかったように聞こえますが。」
「少々事情がありましてね。繋道を堂々と歩けなかったんだよ。」
「ほう。」
「といっても、別に犯罪を犯したわけではないから勘違いしないでほしい。」
「はは、そのくらいわかるさ。」
「そういえばあなた達は、何で旅をしているの?」
「何で、か。確か、大厄災を止める方法を調べているんだったか?」
「間違いではないが、正確には大厄災の調査とそれの遅延策と対抗策の模索だな。」
「ほえ〜。なんかすごそうですね。」
「アナ、多分だがよくわかってないだろ。」
「いえ、分かりますよ!ナントナク…。それにすごいと思っていることは本当です!」
「それはそれは。うれしいことを言ってくれるね。」
「えへへ。それほどでも。」
このような、他愛もない話をしながら、目的地に向かった。
出発してから三時間ほど時間が経った。一行は、休憩がてら近くの村に立ち寄った。セレガン村というそうだ。そこでは、食事をとり、軽食や飲み物を購入した。そこまで長居するわけではなかったため一時間もしないうちにその村から出発しようとした。そうして、車のほうに向かって歩いていると、一人の獣人種の女性が呼び止めた。
「待ってください、天使の軍人さん!」
その言葉は、間違いなくライジに向けられた言葉だった。樹生達は立ち止まり、女性のほうに振り向いた。女性はライジの目の前に来て、懇願するように何かを頼んだ。
「お願いします、助けてください!息子が七日前からいないのです!」
「落ち着いてください。まずは、詳細に話を聞かせてください。」
「あ、すみません。取り乱していました。…ふう。」
「落ち着きましたか?」
「はい、すみませんでした。」
「いえ。それでは、その行方不明のことについて詳細に教えてくれませんか?」
「はい、分かりました。まず、私の名前はトリス・トロンといいます。それで…」
女性の話を要約すると、息子の名前は『コート・トロン』。七日前に買出しに村を出てから家にずっと帰ってこないとのこと。そして、この村では、誘拐事件が数年前から多発していること。コートもその被害に遭ったのではないかと、トリスは考えている。そして、その事件の犯人として睨んでいるのが…
「『ワイガー・セレバ』ですか。」
「はい。間違いありません。」
ワイガー・セレバという貴族だ。
ワイガー・セレバとは、この村を含めた周辺の土地を治めている貴族、セレバ家の現当主の名前だ。約八年前に先代が死んだことにより、ワイガーが当主になったようだ。しかし、ワイガーが当主になってから、施政は悪化していく一方であり、村での生活の質も悪くなっていった。どうやら、噂によると、ワイガーはかなりの悪癖持ちで、施政に興味がなく、己の趣味に金を使ってばかりだそうだ。
そして、約四年前に事件は起きた。村の子供が一人、行方不明になったそうだ。その時を皮切りに、子供の行方不明事件が多発していったのだ。村の人たちは、何度も村の警察に捜索を依頼したのだが、なかなかいい報告が聞けず住民たちは途方に暮れていた。
「自分たちで探しはしなかったのですか?」
「もちろんしましたよ!ですが…」
どうやら、村人たちが捜索に乗り出そうとすると、警察がやめるよう立ちふさがるそうだ。警察は森などは危ないからなどという理由で中止を呼びかけているらしい。それでも、心配だからと村人のうちの何人かが捜索を強行したら、数日後に体中に大量の怪我をこさえて戻ってきて、うちの一人はそこで亡くなったそうだ。
「警察とセレバ家はかなり密着した関係なんです。きっと、ワイガーから何か言われて村人たちをこの事件にかかわらせないようにしているんですよ。」
「ふむ。しかし、憶測だけでは逮捕などの強行に出ることができません。」
「そんな…。絶対ワイガーがやったんですよ!」
「ですが、証拠はありませんよね?」
「それは…」
トリスは言い淀んで、結局何も言えなかった。
「安心して下さい。私は別に怒っているわけでも、捜査に非協力的というわけでもない。というわけで、セレバ家の所に調査員を送ります。」
「…!本当ですか!」
ライジの言葉に、トリスの顔に光が戻った。まるで希望を見たように。
「ええ。そうですね、私たちが国に戻ってから指示を出すので、早くても二日後でしょうか。」
「二日?!さらに二日も待たなきゃいけないんですか?!」
ライジの言葉に衝撃を受け、トリスは迫った。それもそうだ。子の状態がどうなっているのかもわからず、何もできない中でようやく見つけた希望の光が遠のいてしまったのだから。最悪、振出しに戻ってしまうかもしれないのに。トリスは、逃がすまいとライジの腕をつかんでさらに迫った。
「どうにかならないのですか!もう七日もたっているのに、さらに二日も待たせる気ですか!」
「落ち着いてください!私にも事情があるんです。」
「私たちのことは後回しですか!それでも、正義を名乗る立場ですか!」
トリスの言葉に、ライジは苦い顔をした。ライジの行おうとしている行動は、目の前で困っている人を助けないことと同義だからだ。周りを見れば、トリス以外にも助けを求めるような目をした村人が、何人もライジのことを見ていた。しかし、ライジにもやらなければならない仕事があるのもまた事実。どうしたものか、と悩んでいると
「あの!」
アナが声を上げた。
「私が、調査に行きます!」
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