第15話 暗闇と下山欲
暗闇の中で、樹生は立っていた。
―ここはどこだ?
周りには何もなく、奥まで暗闇が続いていた。
周りに何かないかと探しながら歩いていると、一つの苗木を見つけた。
―これは…何だ?
どうやら苗木以外は特に何もないらしい。
苗木はまだ生えはじめだろうか、その高さは十数センチほどしかなかった。しかし、その苗木が普通のものではないことは、見おればすぐに分かった。ほのかに光っているのだ。暗闇の中で子の苗木を見つけられたのは、この苗木が発光していたからだ。
樹生は、その苗木から目が離せなかった。どこか引き寄せられるような感覚を覚えた。無意識のうちに手が苗木に伸びていた。苗木に触れようとした瞬間、輝きがより一層強くなりあたりを照らした。樹生は眩しく感じ目を瞑ってしまった。
次に目を開くと、そこには暗闇でも苗木でも、ましてやあの遺跡の景色でもなく、見たことのない天井がそこにはあった。
「おや、ようやく目が覚めたか。」
樹生は声がした方に首を向けると、エヴィラが座っていた。様子を見るに、看病をしていたようだ。
「いやぁ心配したよ。このまま目が覚めなければどうしようかと思ったからね。」
—なんだ、こいつも心配とかするのか。
樹生はエヴィラの言葉を聞いて安心していた。なんだかんだ言っても、人らしい心は持っているのだなと。しかし、その安心は一瞬で吹き飛ぶことになるが。
「研究対象がいなくなってしまっては、次の対象を探す手間が生まれてしまうからね。」
―そうだろうと思ったよ!クソッ!
やはり、エヴィラは自分のことしか考えていなかった。実際、こいつにそのようなことを期待するだけ無駄なのだ。自分の欲に従順なのだから。
「では、私は医者を呼びに行くから、そこで大人しくしてくれよ。」
そういうと、エヴィラは部屋から出て行った。
その後、すぐに医者が入ってきて検査をいくつか行った後、
「問題はないですね。明日には退院できるでしょう。」
と診断された。樹生はその診断結果を聞き落ち着きのため息をついた。医者が出て行った後、エヴィラが話しかけてきた。
「よかったな、重傷にならなくて。」
「いや、明らかに重症だっただろ。」
「まあ、それに関しては私の迅速な対応と適切な処置があったからだな。本当に良かったな、私がいて。」
エヴィラはかなり偉そうに語った。
—ム、ムカつく。第一、気絶したのはお前の攻撃のせいじゃねえか。
樹生は心の中でツッコんだ。
しばらくすると扉が開き、2人の人物が入ってきた。その2人というのが
「あ!ほんとに起きてる!よかったぁ。」
「こら、リエル落ち着きなさい。相手は起きたばっかの怪我人だぞ。」
「あなたたちは…。」
いつしかの天使の少女とその教官だった。
「モスク町ぶりだね。」
「どうしてここに。」
「それは…」
「それはね、あなたを助けたのが僕たちだからだよ!」
教官の言葉を遮りながら、天使の少女、アナ・リエルは胸を張りながら言った。その光景を見て、教官は手で頭を押さえていた。
「アナ、私の話を遮らないでくれたまえ。」
「あ、すみません教官。」
「まあいいよ。彼女が言った通り、君をここまで運んだのは私たちだ。」
アナと教官が言った事実に樹生は驚いた。しかし、同時に疑問が生まれた。
「どうして…助けてくれたのですか?」
そう、なぜ助けたのかだ。この二人とは、最近とはいえ接点が余り少ない。アナに対してはエヴィラが助けたことによる恩があるかもしれないが、教官に関してはむしろ貶めるような会話しかしていない。そんな二人が助けに来るのは、助けてもらった身ではあるが疑問でしかない。
「それに関しては、本当に偶然なんだ。
遠征の帰還経路でエピロト山を通るのだが、そこでアナが君を運んでいるエヴィラさんを見つけたんだ。険しい表情で君を運んでいてね。そこに我々が声をかけたというわけだ。」
「ふふん。」
なんと、自分が助けられたのは偶然だったらしい。アナが見つけてくれなかったら、街に到着するのが遅れ、樹生の状態が更に悪化していただろう。アナが胸を張って誇らしげにしているが、実際樹生たちから見れば本当に誇らしいことだ。
「あの、本当にありがとうございます。」
「礼には及ばないよ。正直、あの時の借りを返す意味もあるからね。」
あの時というのはモスク町での口論のことだろう。
—あの時に条件を言ったからそれでチャラになったと思ったけど、納得してなかったのかな。
「そういえば、自己紹介がかなり遅れたね。私の名前は『ライジ・ドント』。ウーロンド王国の元警備隊隊長で、現在は養成所の教官をしている。そして、彼女が」
「『アナ・リエル』です!養成所で警備隊になるために日々訓練しています!よろしくお願いします!」
「俺の名前は森川樹生です。こちらこそよろしく。」
2人の説明が終わると互いに自己紹介を始めた。その後少しばかし談笑した後、ライジがとある提案をした。
「そうだ、君に提案があるんだが、聞いてくれるかい?」
「はい、いいですけど。」
「よかった、ありがとう。君たちには先ほども言ったように借りがある。」
「まあ、借りと呼べるかはわかりませんけど。それに、俺をここに運んでくれたことで借りは返したはずでは?」
「そうなんだが、どうしても気にしてしまってね。そこで、君たちをウーロンド王国に招待したいんだ。」
「えっ、いいんですか?!」
ライジから出た提案は、樹生を驚かせた。推定レイノール王国に追われている身である二人にとっては、他国の協力が得られそうなこの状況はとてもうれしいだろう。
「詳しく言うなら、ウーロンド王国までの護衛をさせてもらいたいんだ。」
「いや、もう、ぜひ。むしろこっちがお願いしたいくらいですよ。」
「ならよかった。ほら、君のその体の状況だと色々大変だと思ってね。
それに君たちの事情は、エヴィラさんから聞いたしね。」
どうやら、ライジは樹生の体の心配だけでなく、樹生たちの事情までくみ取ってくれたようだ。
「な、なるほど。…?それって、もうすでにエヴィラとは話を付けたってことですか?」
「ああ、そうだ。君が起きるまでに彼から君たちの事情はすでに聞いている。そこで話もすでにつけている。」
ライジたちはすでに、エヴィラから話を聞いていたようだ。その上、ライジの提案はエヴィラ話した後のようだ。
「だ、だったら俺に話す必要はなかったのでは?」
「それもそうなのだが、本人の意見はしっかり聞かなくてはならないからね。」
「う、まあそうですね。」
樹生は不満を残しながら、仕方なく納得した。
「では、出発の日は5日後とするよ。本来なら、君の完治を待つほうがいいのかもしれないが、我々にも事情があってね。」
「遠征の帰りですもんね。」
「そうだ。だから申し訳ないが出発の日をその日とさせてもらった。」
「まあいいですよ。」
「ありがとう。では、我々は失礼させていただく。」
「またねー。」
そう言って、二人は部屋を出た。部屋に残ったのは樹生とエヴィラのみ。するとエヴィラが口を開いた。
「いや〜しかし、悪かったな。あの時、ある程度の余波は想定できたが、まさか破片が君の頭にぶつかり気絶するとは。それに関しては、確率的な要素だったからな。とにかくすまなかった。」
エヴィラの口から出た言葉は、素直な謝罪だった。樹生は、エヴィラからそのような言葉が出るとは思わず驚いてしまった。驚きながらも、樹生は言葉を紡いだ。
「あ、いや、まあ、こうして無事なわけだし、話によると俺を運び出してくれたんだろ?だから、許すよ。わざとってわけでもないし。」
「そうか、ありがとう。」
樹生は短い時間ながらも、エヴィラに対して信用を置き始めた。もちろん、あの行為を許したわけでは無いが、利用するという考えから信用するという考えに変わりつつある。この2人の関係は、今後どの様になっていくのか。
「さて、出発の日までまだ時間があるから、その間にやるべきことをやろうか。」
「やるべきことって?」
エヴィラは、樹生の肩に手を置きながら笑顔で言ってきた。
「勉強の時間だ。」
「ひ、ひえぇぇぇ。」
旅はまだ、始まったばかり。
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