第9話 エピロト山と登山欲
天使の少女と別れた翌日、樹生たちは登山の準備を終えて、エピロト山の前に立っていた。今から登る山を見て、樹生は少々萎縮してしまっている。なんせ、山頂が見えないくらい高いのだ。エヴィラの話によると、山頂まで登る必要はないのだが、約3000
―しかし本当に登れるのかな。元の世界で、登山なんてしたことなかったから、これが初登山になるな。初登山が異世界で3000m…。あまりの字面に考えているだけで頭痛がしそうだ。
「何を悩んでいるのかわからないが、登らないという選択肢はないからな。」
―…そんなに顔に出ていたのだろうか。…腹をくくるしかないようだ。元より、この世界ではこいつの指示に従うしかないのだ。
「はあ。…行くか。」
「ほう。君から提案するとは。ククク…。そうだな。行こうか。」
こうして、樹生たちはエピロト山の登山を開始した。
山に入ってから約二時間経過。入った当初は緩やかな坂が多かったが、現在はその傾斜も急になりつつある。野生の動物の鳴き声が次第に増えていっていることが、町から離れていることの証明になるだろう。
「野生動物には気をつけろ。エピロトビアをはじめとして、この辺りの動物は気性が荒いからな。」
「…!ま、まじか!」
その言葉を聞き、樹生は周りへの警戒度を一気に高める。
「クククッ。」
「何笑ってんだよ。」
「いや、君の行動が面白くてな。安心しろ。ここの動物たちは自ら接触しなければさほど危険はない。例外はもちろんあるが、気にするほどではない。だからそこまで警戒しなくていいぞ。」
その言葉を聞いて、樹生は警戒心を解く。
―最初にあんな事言われたら、誰だって警戒するだろ。それを笑いやがって。こいつ、俺がエヴィラのことを信じるしかないことを理解した上で遊んできやがる。正直言ってムカつく。
「そんなに睨むなよ。集中するなら登山の方に集中しろよ。」
―…ムカついても仕方ないし、エヴィラもこう言うので、登ることに集中するか。
こうしてしばらく歩いていると、ガサゴソと足音が聞こえてくる。明らかに樹生たちのものではない音に樹生は周囲を警戒した。樹生がエヴィラの方を見ると、どうやらエヴィラも気づいている様子だった。しかし、その様子を感じさせないように行動している。周囲にいるのが動物ならそのような行動を取らなくても良いはずだが。
少し歩いていると、突然足音が鳴り止んだ。そして、背後から二つの影が樹生たちに襲いかかってきた。樹生はすぐさま前に避け、短剣を構えた。エヴィラに関しては、まるでわかっていたかのようにひらりと躱した。
目の前には、樹生たちを奇襲したであろう男二人がいた。口元を布で隠し、マントのような物を被り、手にはナイフを携えてる、まさしく盗賊のような男たちだった。
「チッ。失敗したか。」
やはり、彼らが奇襲してきたことは間違いないようだ。すると、エヴィラが口を開いた。
「その風貌。君たち盗賊か?」
「ああそうだ。」
「そんな盗賊が私達に一体なんの用だ?」
「用なんて一つに決まってる。金目の物を頂こうか…と本来なら言うんだが、今回はある人に頼まれてな。お前らの命を貰いに来た。だからここでくたばりやがれ!」
「ついでに、金目の物も頂いてやる!」
と言って、二人の盗賊が襲ってきた。盗賊はそれぞれ、樹生とエヴィラに襲いかかってきた。
樹生に襲いかかってきた方は、勢いに任せてナイフを刺してきた。樹生はそれを瞬時に横に避けた。しかし、相手はそれをわかっていたかのようにナイフを横に向け、樹生が避けた方向に払った。樹生は更に後ろに避けたが、完全に避けきれず服が一部裂けてしまった。
「チッ、また当たらなかったか。だが、次は当ててやるぜ!」
盗賊は、再度樹生に攻撃を仕掛けた。今度はナイフの猛攻撃が樹生を襲ってくる。樹生はそれに対して、避けることしかできなかった。
「おらおら!どうした!その短剣は飾りか?避けるだけなら、切られて死んでくれ!」
「クッ」
攻撃を仕掛ける隙がない、というよりかは、仕掛ける隙がわからないと言ったほうが良いだろうか。相手のナイフさばきに技術も糞もないことくらいは、樹生自身も何となく分かるが、それでも戦闘、さらに言えば対人戦素人の樹生では、避けているだけで精一杯だ。まあ、それ以外の理由もあるのだが。
―彼、まさか。
「おら、どうした。よそ見してると死んじまうぞ!」
「ふっ、素人の攻撃が私に当たるはずがない。私を舐めてもらっては困る。」
「なんだと!」
攻撃を仕掛けない別の理由、それは、恐怖しているのだ。今まで、樹生は動物に対してこの武器を振るっていたが、人に対しては初めてなのだ。相手を傷つけ、ましてや殺してしまう可能性だってある。そのため、この武器を振るうことを樹生は恐れているのだ。
「クソッ。ちょこまかと避けてばっかり。」
だから、避け続けているのだ。しかし、避けてばかりではいけないことは樹生自身もわかってる。だが、攻撃しようとしても手が動かないのだ。恐怖が攻撃しようとする手を縛り付けている。そうして樹生が悩み続けていると、エヴィラから言葉が飛んできた。
「樹生!何を恐怖している!覚悟ができないのなら、この先、生きていけないぞ!」
その言葉に悩みが吹き飛び、恐怖が薄れていく。『生きていけない』。この言葉が、自分を動かした。
「へえ、お前怖いのか。だったら、そのままビビりながら死んでくれ!」
そう言うと、盗賊は持っているナイフを大きく振りかぶった。それが大きな隙となったことに樹生は気付いた。しかし、
―まだ駄目だ。
今この瞬間に攻撃しても、相手に少しでも気力が残っていたら攻撃し返されると樹生は判断した。
「おらああああ!」
だからこそ、一度その大振りの攻撃を避けた。避けたあとすぐさま短剣を構え、盗賊の脇腹を目掛けて一気に突き刺した。
「ウワアァァァァ!」
「ガハッ」
そして、横薙ぎにナイフを払い、盗賊の腹を裂いた。
「グァァァァ」
腹を割かれた盗賊は後ろに倒れ込んだ。樹生は盗賊が倒れていくさまを見ながら呆然としていた。
ナイフと手には血がびっしりと付いていた。樹生はその手を見ながら、体を震わせた。
―ああ、自分がやったのか…。
そのように恐怖を感じていると、後ろからエヴィラが声をかけてきた。どうやら、エヴィラの方も終わったらしい。
「どうやら、終わったようだな。」
その問いに樹生は声を震わせながら答えた。
「だ、だけど、人を…。」
「落ち着け。確かに深手だが致命傷までは…あー、これは。」
「ど、どうした。もしかして本当に。」
「いや、まあ、助からないわけではないとだけ言っておこう。」
「!じゃあ、助けられるのか?」
「うーむ、一応知識はあるが…、道具がないしな…。」
「じゃ、じゃあどうするんだよ。」
「落ち着け、彼らは元々私達の命を狙ってきたんだ。つまり、殺されても仕方がないということだ。」
「仕方がないって…殺すに仕方ないもないだろ!」
「まあそうだが。これに関しては割り切るしかないからな。あまり背負いすぎるな。今後、君の手はどんどん血で汚れていくだろう。だからこそ、今回のことで命を奪うことがどういうことか感じてほしい。」
樹生はこの言葉に対してうなずくことしかできなかった。
「正直、レッドボアを殺した時点で感じてほしかったが…まあ、野生生物と知的生物じゃ感覚が違うよな。その気持ちはよく分かるぞ。」
―一体何がわかるっていうんだ。
「…しばらくはここで休むか。私は彼ら二人の処理をしてくる。君も、体にいくつか傷がある。気持ちの整理と応急手当、両方を済ませておくことだな。」
そう言って、エヴィラは樹生のもとを離れ、倒れている盗賊たちのもとへ行った。
樹生は自分の体をよく見た。すると、腕などにいくつか切り傷があった。どうやら完全に避けきれてはいなかったようだ。樹生は傷を確認すると、すぐさま応急手当を行った。
樹生は応急手当を行いながら、先程の出来事について思い返した。初めて人を殺した。その生暖かい血の感覚を、樹生は忘れることはないだろう。背負わないほうがいい、と言われたが、どうもそこだけは割り切れていないようだ。
―生を、命を、背負い込んでしまうことは…悪いことなのだろうか?
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