第8話 教官と論破欲

 現在、樹生たちは白い翼の少女を連れて、モスク町に向かっている。

 エヴィラの出した提案は単純で、樹生たちが彼女をかばうというものだった。思ったよりも普通だったので、拍子抜けだったがエヴィラは他にも策があるらしい。

 樹生は、先程の会話で気になる単語が出てきたのでエヴィラに質問した。


「彼女って、天使だったの?」

「知らなかったのか?」

「天使がいるっていう事実を今初めて知ったのだが。まあ、悪魔がいる時点で予想くらいはできたけど。」

「そういえば、種族についての説明がまだだったな。よし、簡単に教えてやる。

 まず、大前提としてこの世界には『知的生物群ちてきせいぶつぐん』と『野生生物群やせいせいぶつぐん』の二種類の生物が存在する。この二つの分け方は理性を持っているかどうかだ。つまり、私達は知的生物群に入る。

 そして、知的生物群の中には4つの種族が存在する。悪魔種あくましゅ天使種てんししゅ人間種にんげんしゅ獣人種じゅうじんしゅの四種類だ。それぞれの種族についても簡単に説明する。

 人間種はほぼ君と同じような種族だ。特徴といえば他の種族よりも知力が高いことだろうか。

 悪魔種は羽や角、爪など特徴的な体で、魔法を使える。

 天使種は白い翼を持ち、頭の上に輪がある。そして、聖法を使える。

 獣人種はその名の通り、獣のような耳や爪、尾などを持つ。そして、他の種族よりも筋力が高い。」

「なるほどな。」

「理解できたか。かなり、簡潔に説明したから理解しきれない部分もあるかもしれない。」

「いや、大丈夫だ。だいたい理解できた。」

「なら良かった。」


 こうして、話してから1時間後、ついに目的地であるモスク町が見えてきた。そして、町の前には、白い翼を持った男性がキョロキョロと周りを見渡している。きっと、彼が監督役なのだろう。


「…!」


 どうやら、あちらも気づいたようだ。樹生たちの方に近寄ってきた。


「やっと見つけた!探したぞ、『アナ・リエル』!」

「きょ、教官…。」

「全く、町に入る直前にいなくなったと報告を受けて、かなり心配したぞ!一体どこで何をしていたか話してもらおうか。もちろん、そこにいる二人もだが。一体あなた達は何なんですか?」


 教官と呼ばれたその人物は、こちらに近づいてくるなり天使の少女に説教をしだした。そして、懐疑的な視線を樹生たちに向けてきた。


「とりあえず、何をしていたかは宿舎で聞くからついてきなさい。あなた達も事情を聞きたいのでついてきてください。」


 そう言って、教官らしき人物は町の中へと進んでいこうとした。しかし、エヴィラがそれを拒んだ。


「いや、それには及びません。」

「…?」

「私達のことに関してはここで話します。そこまで長くならないのでね。」

「いえ、長くなるならない関係なくついてきてほしいのですが。」

「すみませんね。私達にも事情がありましてね。なるべく早く済ませたいのですよ。」

「…分かりました。ですが、発言次第ではついてきてもらいます。」

「ありがとうございます。私達の目的はエピロト山にあります。そのため、この町に向かっていました。その道中で彼女とは出会いました。」

「なるほど。では、リエルと出会ったときの状況を簡単に教えてもらえますか。」

「はい。私達と出会った、というより彼女を見つけたと言ったほうが良いでしょうか。その時、彼女は『エピロトビア』と対峙していました。」

「っえ?!」


 なんとエヴィラは、その時のことをそのまま説明しだしたのだ。何か策があるんじゃなかったのか、と樹生は驚きの声を上げてしまった。


「なっなんだと。本当か、リエル!」

「っえ、いや、その…。」


 あちらも驚いてるし、彼女は困っている。ここからどうするというのだ。


「まあまあ、落ち着いてください。私はこのことについてあなたに聞きたいことがあるんですよ。」

「…?一体、なんですか?」

「彼女は、生徒のうちの一人でしょう?」

「まあ。」

「そんな彼女がなぜ、森の中でエピロトビアと戦う羽目になったのか。しかも一人で。」


 エヴィラは、教官を煽るような口調で責め立てた。なるほど、エヴィラの言っていた策とは、このことだったのか。しかし、なんともまあ、陰湿な策だ。


「それは、彼女が勝手にそのような行動を取っただけでしょ。」

「本当にそうですか?まさか、無理な課題を押し付けたりしていませんよね?」

「…!まさか!そのような指示、出すはずがありません!」

「ならばなぜ、彼女を一人にさせたのですか?監督責任などは一体どうなっているのですか?」

「そ、それは…。」

「今回は私達が通りかかったからまだしも、そうでなければ彼女はこれ以上の重傷を追っていたかもしれません。」

「…。」


 ついに、教官は黙ってしまった。


「おや、黙ってしまいましたか。ということは自分の過失を認めるということですね。」

「…いや、それは…。」


 今、場の空気は完全にエヴィラが支配した。


「そこでですね。私達がこのことを言いふらさない代わりに、彼女の単独行動を許してやってほしいのですよ。」

「…っえ?!」

「正直、私達があなたに求めることは特にないんですよ。だったら、彼女に与えられるであろう懲罰をなくそうと考えたわけです。」

「まさか!あなた、最初からそれが目的で!」

「おっと、私を責めるのは良いですが、この申し出を受けないのであれば、この事実を世間に公表しますよ。」

「っく。分かりました。彼女に懲罰は与えません。」

「なら良かったです。」


 そんな感じで、なんとか彼女に懲罰が与えられることはなくなった。


「ああ、ですが説教はしておいてください。一応彼女は、集団から外れ単独行動を行っていたのですから。」

「それはもちろん。しっかり叱らせていただきます。」


 それはそうだ。元はと言えば、彼女の単独行動が原因なのだ。叱られるのは当然だ。


「先程の話から推測するに、彼女を救ってくださったのですよね?」

「…ん?ああ、まあ成り行きですよ。」

「それでも、ありがとうございます。ほら、リエルもちゃんと言いなさい。」

「あ、えっと。助けてくれてありがとうございます。あと、ひどいこと言ってごめんなさい。」

「いえ、俺は何もしていないので、言うならエヴィラにだけ言ってください。」

「自分は受け取っておきますよ。感謝も謝罪も。」

「では、私達はこれで。ほら行くぞ。」

「ハイ教官!あ、あの、本当にありがとうございました。」


 そう言って、二人は町の奥へと向かった。


―しかし、どうもあの少女とはこれで終わりではない気がするな。特に根拠があるわけではないが、なんとなくまたどこかで会う気がする。


と、樹生は彼女に対して不思議な運命を感じた。


「さて、私達も町の中に行って、登山の準備をしよう。あと、宿も取るぞ。」

「ああ、わかった。」

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