第7話 白い翼と承認欲
白い翼を持った少女がいたので、樹生は質問しようとエヴィラの方を向くと、エヴィラは何か焦っているような顔をしていた。不思議に思いながらも、質問が出来そうにないので少女がいる方向に向き直した。すると、少女は剣を構えていて、向かいには2m程の大きな熊がいた。
「く…熊?!」
―あの少女が危ない!
樹生は急いで助けなきゃと考たが、足が竦んで動かなかった。恐怖だ。恐怖が樹生の足を縛りつけた。あそこに飛び出せば、あの熊に殺されるという死の恐怖に襲われている。しかし、動かなければあの少女は死んでしまう。
樹生がそのように悩んでいるうちに、熊はその少女に近付き、その大きな腕を振り上げた。もうダメだ、と思った瞬間、
「『
という声が樹生の隣から聞こえた。その声とともに、熊は腕を振り上げたまま止まってしまった。そして、この声の主を樹生は知っている。エヴィラだ。エヴィラがそのような言葉を発したのだ。
言葉を発した後、エヴィラは槍を構えて、熊に突撃した。そして、熊の腹目掛けて、思い切り槍を突き刺した。突き刺した後もその勢いを止めずに突進し、熊を木にぶつけた。
流れるような行動を前に、自分はただ立ち尽くすだけだった。状況を一瞬で判断し、すぐさま行動に移した。戦いに関する知識があまりない樹生ですら、直感で分かる。あの判断力に槍捌き、エヴィラは戦いに慣れている、と。
「おい、何ボサっとしてんだ。」
樹生はエヴィラの声によって思考が戻っていく。そういえば、あの少女はどうなったのだろうかと、樹生が周りを見渡すと、先ほどと同じ場所で呆然としていた。樹生は、直ぐに近寄った。
「あ、あの。大丈夫か?」
「...ッハ!だっ大丈夫です。」
「あぁ。なら良かった。」
「良いわけないだろ。」
樹生達が話していたら、エヴィラがそう言いながら近づいてきた。
「良いわけないって、どういう事だ?」
「そいつをよく見てみろ。」
「あ、ああ。......!!」
彼女をよく見れば、体のあちこちに傷があった。傷の一つ一つは深いものではないが、それでも大丈夫と言える状態ではなかった。
「君、傷が...」
「大丈夫ですから。」
彼女は語気を強めながら、樹生にそう言った。
「大丈夫じゃない。おい樹生、応急処置をしてやれ。」
「ああ、分かった。」
「ほ、本当に大丈夫ですから。気にしないでください。」
そんな彼女の言葉を無視して樹生は応急処置を進めた。
「それよりも、あなたですよあなた!」
応急処置を進めていたら、彼女は態度を変えてエヴィラに対して指を差しながら言った。
「何だ?私に用があるのか?」
「ありまくりです!」
「ほう、言ってみろ。」
「あなた、僕の獲物を横取りしましたね!」
「横取り?」
「横取り」という言葉に樹生は疑問が浮かぶ。先程の彼女の状況は、熊に対して劣勢だったからだ。エヴィラは、助ける形で割り込んだのだ。しかし彼女は、助けてくれたエヴィラに対してお礼どころか、文句を言ったのだ。さすがにその態度は違うのではないかと樹生は考える。
「おい、ちょっと待て。お前は仮にもエヴィラに助けられたんだぞ。なのに、その態度は違うんじゃないか?」
「えっ...あっ、そうですね...。その、助けてくれたことにはお礼を言います。ありがとうございます。」
意外にも、彼女はすんなりとお礼を言った。意外と常識はしっかりと身についているらしい。まあ、樹生はこの世界の常識なんて知らないのだが。
「しかし、それとこれとでは話が違います!せっかくの僕の成果が...。」
お礼を言ったと思ったら、態度が一転して先程の態度に戻った。しかも、今度は「成果」という単語が出てきた。どうやら、彼女は何か気にしていることがあるようだ。言葉から察するに、あの熊を倒して成果を挙げたかったのだろう。
「だったら、自分の成果だって言い張ればいいじゃないか。この事は俺とエヴィラ以外だれも見てないだろうし。」
「それは無理ですよ。熊の傷を見れば分かりますよね?明らかに私が持っている剣では付けられない傷なのですから。」
「それもそうか...。」
彼女にも、何かしら事情があるようだ。しかし、彼女の事情について樹生は何も知らないし、彼女の意思も相まってどうすることもできない。樹生が悩んでいると、エヴィラが口を開いた。
「ふむ、なるほど。君、見習いだね。」
「…っ!」
「見習い?」
見習い…ということは、彼女は何かしらの組織に所属しているのだろう。見習いだからこそ、何かしら手柄を上げたかったのだろう。
「そ、それがなんだって言うんですか。」
「天使種の見習いといえば思いつくのは基本一つしかない。それは警察隊だ。まあ、見習いと言うより訓練生という言葉のほうが正しいのかもしれないが。」
「じゃあ、警察隊の訓練生がなんでこんなところに?訓練生なら学校とかにいるはずでは?」
「たしか、今の時期は遠征だったかな。あってるか?」
「…だったらなんだって言うのですか。」
「いや。遠征なら監督役がいるはずだ。訓練生が監督役の目から外れてこんなことをやっていたら、一体どうなるかな。」
エヴィラは脅すような口調で言った。しかし、エヴィラが言っていることも正しい。訓練生、つまり学生が監督役、いわゆる教官か先生の目から外れて単独行動を取っているのは確かにまずい。最悪、叱責だけでは済まないだろう。
「あ…あぁ…。僕、どうしよう…。」
どうやら、本人も自分の状況について理解したのだろう。だが、樹生たちがなにかできるわけでもない。そう樹生が思っていると。
「なら、君の監督役への弁明、協力してやってもいいぞ。」
「「…っえ?!」」
エヴィラの言葉に樹生は驚いた。…彼女と声を揃えながら。
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