第5話 買い物と旅行欲
あれから一晩が経った。現在は、カルニー町に向けて進んでいる。
樹生は昨晩のことを考えながら歩いていた。昨晩は初めての野宿ということもあり、かなりの苦労を経験した。火を起こすことも、森の中で寝るということも、普段生活していたら経験することのないことを経験したのだから。レッドガボアの解体についても苦労したようだ。元の世界にいたときから、命をいただくとはこういうものだと頭では理解していたが、樹生自らの手でやるとなると話が変わる。その時自分でやって少々気分が悪くなったようだ。あと、かなりの力仕事だった。解体が終わったあと、樹生はかなりぐったりしていた。
野宿中の出来事といえば、武器の扱い方について指導された。
「先程の戦闘…いや、狩りを見て思ったが、武器の扱い方がなってないな。」
「えぇ、ダメ出しかよ。…仕方ないだろ、短剣どころか武器を扱うだなんて初めての経験なんだからな。」
「やはりか…。」
「やはりって?」
「…君の言葉を聞いて思ったのだが、君の世界は平和すぎないか?」
「まあ、武器を常に持っていなくてもいい世の中だからな。昔は戦争とかあったが、俺の生きている時代は、平和だと思う。まあ、戦争をやっている国もあるし、俺の周辺だけが平和なだけだと思うが。それでも間違いなく昔より平和だと思う。」
「なるほどな。そりゃ、武器の扱い方も知らないわけだ。そちらの世界が平和なことは羨ましいことだが、こちらに来たのならばそんなことは関係ない。生きていくために武器の扱い方も学んでもらうぞ。」
「ああ、わかってるよ。さっきので身にしみたからな。」
「わかってくれたなら何よりだ。
では、短剣の扱いから。といっても、教えるほどのものではないがな。基本的な攻撃方法は、切ると刺す。特に刺す方がメインとなるだろう。刺すときに重要となるのは、いかに剣先に力を伝えるかだ。ただ刺すだけでは力は伝わらない。刺すときに両手で支えたり、腰で支えたりね。では、支えているかいないかでの違いを見せてあげよう。その短剣を貸してくれ。」
「ああ、わかった。」
「ありがとう。では、この木を刺して確かめようか。まずは片手で。」
そう言うと、エヴィラは持っている短剣をそのまま木に向かって刺した。しかし、短剣の先端が少し刺さった程度で止まってしまった。
「こんな感じで、片手でやっただけではさほど力が入らない。次に、もう片方の手で支えて、両手で刺してみよう。」
そして、次は両手で木に向かって刺した。すると、刀身の半分くらいまで木に刺さった。
「うおっ!すごっ!」
「まあ、こんなもんだ。持ち方を変えるだけで、こんなにも力の入り方が違うのだ。まあ、ここらへんは感覚でわかるだろうが、実際に見て理解することが大事だ。わかったか?」
「ああ、理解した。」
「なら良かった。さて、他にも教えていこう。例えば……」
―昨晩の授業は大変だったなぁ。
そうやって、昨晩の出来事に思いを馳せながら森を進んでいくと、ついに町が見えてきた。
「おい、見てみろよ。建物が見えるぞ。」
「そうだな。」
「あれが、お前の言っていたカルニー町か?」
「ああそうだ。間違いない。あれが目指していたカルニー町だ。」
「おお。やったー。」
樹生たちは、回り道をしながら、ようやく最初の目的地であるカルニー町にたどり着いた。
樹生たちは、早速町へと入った。
「で、町に入ったのは良いものの…。一体、この町で何をするんだ?」
「買い物だ。それが終わったらすぐに町を出る。」
「えっ?!一泊しないの?飯も食いたいよー。」
「あのな…。私達は追われている可能性があるんだ。しかも、この町は王国の隣町。3日も経っている今、情報が伝わってないはずがない。そんな呑気に、この町に長い時間滞在できないんだよ。」
「あっ…そっか…。」
「わかったか?」
「うん。」
「なら良かった。
さて、今から買うものを伝える。まず、投擲用のナイフの補充、医療品の調達、あと食料だな。」
「目的は3つか。思ったより少ないな。」
「この町では最低限のことしかしないからな。理由は先程話したとおり。」
「なるほど。」
「じゃあ、早速武器屋に向かうぞ。」
樹生たちは、武器屋へと足を進めた。
武器屋に向かっている最中、樹生は歩きながらその町並みを見た。その町並みは、ヨーロッパの町並みというような感じだった。流石に、異世界にまで来て東京のような町並みが見たいわけではなかったので、樹生ホッと安堵した。やはり、異世界はヨーロッパのような町並みになるんだなと少し感心した。しかし、よく創作などで出てくる町並みは中世ヨーロッパという言葉が使われるが、今樹生が見ている町並みはとても中世の町並みとは言えない。どちらかといえば、現代のヨーロッパの町並みだ。
道を挟んで左右には、たくさんの店が並んでいる。今向かっている場所が武器屋だからか、周りにある店が洋服店やアクセサリー店などから、鍛冶屋などの店に変わってきた。
そうして、歩いているとエヴィラが一つの店の前に立ち止まった。どうやらここが目的地のようだ。早速、エヴィラが店に入ったので、樹生もあとに続いて入った。
「いらっしゃい。」
店に入ると、大きなカウンターがあり、その後ろの壁には様々な剣や斧などが飾ってあった。そして、カウンターには一人の店主がいた。
「何がほしい?剣か?槍か?それとも別のものか?」
「今回欲しいのは剣とか槍じゃない。投擲用のナイフを十本ほどほしいんだが。」
「それだけか?」
「ああ。それで十分だ。」
「わかった。ちょっと待ってろ。」
そう言うと、店主が奥の方に行った。
「結局、剣とかは買わないんだな。」
「ああ。荷物になるからな。」
「そっか。…使ってみたかったな。」
「諦めろ。大人しく、短剣を使いこなせるようにするんだな。」
「ちぇっ。わかったよ。」
そうやって樹生は、すぐに引き下がった。エヴィラに粘って意見しても簡単に反論されるからだ。2日ほど一緒にいたからか、樹生はエヴィラの頭の良さがなんとなくわかってきたのだ。流石は教授だと、認めるしかないくらい頭がいいのだ。
暫く待つと、店主が物を持ちながら、カウンターに戻ってきた。なので、樹生たちはカウンターの方に向かった。
「はいよ。ナイフ十本だ。確認してくれ。」
「ありがとう。…ああ、しっかり十本ある。どれも不備がない。流石だな。」
「おだてても安くしねえぞ。えーっと、お代はナイフ十本で300ジンだ。」
「ああ。…はい、ちょうどだ。」
「ん、まいどあり。」
「よし、じゃあ行くぞ。」
「ああ。」
こうして、ナイフを受け取ったので、店を出た。
「さて、次は雑貨店に行くぞ。」
「ああ、わかった。…そういえば、『ジン』ってこの世界のお金の単位なのか?」
「ん?ああ、そうだ。そういえば言ってなかったな。『ジン』っていうのは、この世界の共通貨幣のことだ。だいたい5ジンくらいでりんご一個が買える。まあ、その時の時価によって、価格は変わるがな。」
「へえ。この世界にも価格変動とかあるんだな。」
「てことは、そちらの世界にもあるってことか。まあ、経済が存在するなら予想できることだがな。」
そんな話をしながら、次は雑貨店に向かい、そこで医療品や少しばかしの道具を買った。その後、肉屋などの食べ物を売っている店に行き、干し肉などの保存の効く食料を買った。
すべての買い物が終わり、樹生たちは今、入ってきた場所とは反対の位置にいる。
「さて、準備は終わった。この街を出るぞ。」
「ちょ、ちょっとまって。次はどこに行くの。このまま、目的なく逃亡を続けるつもりなの?」
「えっ?ああ、そうか。目的について話してなかったか。」
「そうだよ。急かされながら旅に出たから、目的なんか一切聞いてないよ。」
「ああ、そうだったな。すまんすまん。」
「たくっ。で、目的を教えてくれないか。言えないようなら次の目的地でもいいけど。」
「大丈夫だ。目的くらい言える。
正直、逃亡っていうのも目的のひとつなんだが、別の目的ももちろんある。それは、古代文明、つまり遺跡の調査だ。」
「遺跡?」
「ああ。あの研究所で大厄災の話が出ただろ。」
「うん。」
「その大厄災を防ぐために過去の知恵がほしいんだ。」
「なるほど。」
「モーランは大厄災が起こるのは五年以内とか言っていたが、実際には明確にわかってはいないんだ。」
「えっ?!」
「といっても、近いうちに起こるという可能性は高い。」
「ほう。」
「言ってしまえば、厄災とは天災だ。いつ起こるかなんて今の技術じゃ予測なんてできないからな。」
「たしかに。」
「まあ、結局は私の研究のためなのだが。」
「やっぱりか。」
樹生はその言葉を聞いて、ため息が出てしまった。
「おいおい、ため息なんかつくなよ。それに、君にもメリットがないわけではない。」
「どういうことだ?」
メリットという言葉を聞いて、樹生は顔を上げた。
「君の目的は、予想だが、元の世界に戻りたいだろ?違うか?」
「ああ、あってる。ん?俺どっかで言ったっけ?」
「いや、言ってない。私の予測だ。知らない場所にいきなり連れてこられたら、誰だって元の場所に戻りたくなるからな。」
「はあ。まあ、概ねそうだよ。で、それがなんだって言うんだ?」
「私は、君をこちらに連れてきた召喚術の原理を知っている。」
「えっ?!じゃあ、今すぐ俺を返してよ。」
「慌てるな。原理は知っているが、実際に使えるとは言ってない。」
「そんな…。」
「その召喚術を使えるようにするために調べるんだよ。遺跡だけではない、様々な知恵を学ぶんだ。」
「…。」
「今は、理解しなくても良い。ただ、君にメリットがないというわけではないことは理解してくれ。」
「…わかった。」
「ありがとう。」
―それに、君の中にある細胞についても色々調べたいからね。しばらくは、帰らせないよ。
「じゃあ、次の目的地は何?」
「そうだな。あそこに大きな山が見えるだろ。」
「えっ?うん、確かにうっすら見えるけど。」
「あの山は、『エピロト山』というのだが、次の目的地はあそこだ。」
「えっ?!もしかしてだけど、登るの?」
「ああ、登るぞ。山頂ではないが、上の方に遺跡があるからな。」
「そ、そんな…。」
「諦めろ。この旅は長くなるからな。
さあ立て。そろそろ行くぞ。」
「…ああ。わかったよ。」
樹生は腹をくくって、立ち上がった。そして、旅の一歩を踏み出した。
この先、どんな旅が待っているのか、憂鬱な気持ちになりつつも、元の世界に戻るために諦めないことを決意した。
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