第4話 戦いと刺突欲

 樹生たちはいま、隣町のカルニー町を目指して、舗装もされていない道を進んでいる。なぜ、こんな道を進んでいるかというと、


繋道けいどうを歩けば、王国にバレやすくなる。」


 だからだそうだ。

 ちなみに、繋道とは、町や国などを繋ぐ、舗装された主要な道路のことである。

 なので、樹生たちは繋道を使わず、なんとか道として機能していそうな場所を進んでいる。周りを見渡せば、木々がそこらにあり、森と言えるくらいに鬱蒼としていた。

 そんなこんなで歩いていると、突然思い出したかのようにエヴィラが話しかけてきた。


「あっ、そうだそうだ。すっかり忘れていた。君に渡さなければいけないものがあるんだ。えーっと、どこだったかな…あった!はい、これをどうぞ。」


 そう言いながら差し出してきたものは、短剣だった。


「これは、短剣か?」

「そう、私が昔使っていたものだ。ちゃんと手入れはしてあるから今でも使えるぞ。」

「どうしてこれを?」

「ここは獣道だ。何が出るかわからないからな。武器として君が扱えそうなものを選んだんだ。この先、戦闘は免れないだろうからね。」

「武器って、じゃあ普通の剣とかお前が持っているような槍とか、そんな武器はなかったのか?」

「あったにはあったが、君はそれを扱えるのか?見たところ、戦闘経験が無いように見えるが。」

「…そういうことか。もちろん、戦闘経験はない。多少運動をしていたくらいだ。」

「やはりな。槍でも良かったが、これからの逃亡にあたって、槍が二つもあると目立つし、荷物になる。それだったら、荷物になりにくい短剣のほうが良いと考えたんだ。」

「なるほどな。そこまで考えてのことだったのか。」

「当たり前だ。むしろ、少し考えれば誰でもわかることだと思うが。」

「…」

―…ムカつく。実際そうなのだから、余計にムカつく。こいつ無駄に頭がいいから、更にムカつく。

 …まあ、俺のことを考えての行動だ。抑えなくては。


「あと、これも渡しておく。」

「これは?さっきのよりも小さいが。」


 エヴィラは更に、先程よりも小さい刃物を二つ渡してきた。


「これは、投擲用のナイフだ。練習用に二つ渡しておく。」

「練習用?」

「ああ。投擲はいきなり実戦では使えないからな。まずは、練習して命中率と威力を高めておくんだ。」

「なるほど。」


「あと、急所についても調べておけよ。」

「それまたどうして?」

「戦闘において重要だからという大前提は置いておいて、この世界の仕組みに関わるからだ。」

「この世界の仕組み…ってことは、欲がなにか関係するってことか?」

「おっ、察しが良いね。正解だ。

 この世界の仕組みは前も話した通り、欲が大きくなればなるほど力が強くなる。それは何も筋力や体力だけではない。学力や洞察力、更には治癒力など、あらゆる力が強くなるんだ。

 だからこそ、傷つき、死を実感すると、生存欲が膨れ上がり、治癒力が強くなる。故に、しぶとく生き残ってしまうんだ。」

「なるほど。素早く相手を仕留めるために急所を知っておいて、そして狙う必要性があるわけか。」

「理解が早くて助かるよ。正しく、君の言った通りだ。相手に反撃のすきを与えないためにも、急所を狙う必要がある。

 まあ、そこだけを狙えという話ではないが。」

「状況次第ということか…。」

「まあな、そういうことだ。あとは実戦経験を重ねるしかないかな。」

「ふむ。」


 どうやら、やらなければいけないことが多いようだ。生きていくには仕方ないが少しばかし面倒だと、樹生は思ってしまった。

 そんな話をしてから約二時間が経った。しかし、二時間も歩いているというのに景色は全く変わらなかった。草木が生い茂っているばかりで、人工物は全く見当たらない。そんな事実にたまらず、樹生はエヴィラに聞いた。


「なあ。いつになったら町に着くんだ?」

「はあ?いつになったらって、カルニー町まではまだまだ先だぞ。」

「えー?!」


 樹生は少し期待をして質問を投げかけたのだが、そんな期待はつゆ知らず、エヴィラは簡単に現実を突きつけた。


「そもそも、カルニー町までは普通車を使って移動する距離なんだ。繋道を歩いていったとしても、最低半日はかかる。それを私達は遠回りしているんだ。少なくとも一日はかかると思え。」

「まじかよ。ってことは、野宿の可能性も。」

「ありえるな。」

「ま、まじか。俺、野宿の経験なんかないよ…。」

「私はあるから大丈夫だ。それに今後、逃亡生活を送るに当たって、まともに宿に泊まれるだなんて思わないほうが良い。野宿が基本だと思え。」

「そ、そんな…。」


 そのエヴィラの言葉を聞いて、樹生は絶望をした。自分はこれからまともな生活を送れないのかと。

 しかし、よく考えてみれば逃亡生活を決めた時点でまともな生活を送れるはずがないのだ。


「わかった。なんとか頑張るよ。」

「おう。頑張って慣れろよ。」

―…ったく、この悪魔は。余裕そうなのが逆に腹立つな。しかし、その余裕が経験を感じさせるのかもしれない。


 そう考えていると、エヴィラが急に立ち止まった。


「おい、どうしたんだよ?」

「…なにか気配がする。」

「気配?」

「ああ。しかも、こちらに近づいてくる。」

「こちらにって…っまさか。」


―まさか、王国の奴らが?!いくらなんでも早すぎだろ。


「来るぞ。」

「えっ?!うわっ!」


 覚悟して構えると、目の前に現れたのはなんとイノシシだった。


「イ、イノシシ?!」

「イノシシってのが何かわからないが、こいつは野獣種ガボア属の、『レッドガボア』だ。」

「ガボア?」

「ああ。単調的な動きが多くて、狩猟対象としては簡単な部類に含まれるだろうな。って危ない!横に避けろ!」

「えっ?うわっ!」


 樹生はエヴィラに言われてとっさに横に避けたら、樹生の元いたところにレッドガボアが突進してきた。レッドガボアはそのまま通り過ぎて、木に激突した。


「ふぅ、さて私は下がらせてもらう。」

「えっ?!なんでだよ。」

「君がどれだけ戦闘できるのか、またできないのかを見させてもらう。」

「そんなんいきなり。」

「戦闘はいつだっていきなりだ。安心しろ、助言は適宜してやる。」

「助言って…。」

「ほら、ボサッとしてないで。そろそろ来るぞ。」

「えっ?!」


 樹生が前を向くと、レッドガボアはすでにこちらを向いて走り出す体勢に入っていた。そして、突進してきた。樹生は急いで横に避けたので、なんとか回避することに成功した。突進してきたレッドガボアは再び木にぶつかった。その隙に樹生は短剣を出して構えた。レッドガボアは再び持ち直し、突進してきた。樹生は攻撃しようとしたが、恐怖心で回避をすることしかできなかった。


「おい!避けているだけじゃ、終わらないぞ!」

「わかってるよそんなこと。でも怖いんだよ!」

「ったく。その短剣を貸してみろ。」


 そう言われたので、エヴィラに短剣を渡した。


「いいか、よく見ておけよ。」


 エヴィラはレッドガボアの目の前に立ち、短剣を構えた。


「確かに避けることも大事だが、重要なのはその直後の行動だ。」


 そのようにエヴィラが説明しているとき、レッドガボアは既にこちらに向き直し、突進をする体勢に入っていた。直後、レッドガボアがエヴィラに向かって突進してきた。


「危ない!」


 とっさに樹生は叫んだ。しかし、エヴィラは落ち着いた様子で対処をした。

 まず、エヴィラは突進に対してすぐさま横に回避した。そして、すぐさま体勢を立て直し、レッドガボアが目の前に来た瞬間構えていた短剣を、レッドガボアの横腹めがけて突き刺した。


「プギィィィ」


 レッドガボアは悲鳴を上げて転び、そのまま倒れた。短剣は指したあとすぐさま抜いたので、倒れている体には傷跡だけが残っていた。


「まあ、ざっとこんな感じだ。」

「こんな感じって、それができるかどうかは話が違うぞ。」

「いや、私的にはこれくらいやってもらわないと困るのだが。」

「えぇ。」

「この先これ以上の驚異に確実に遭遇するだろう。間違いなく戦闘も行われる。この程度で音を上げられては、この先が思いやられるのだが。」

「…わかったよやってやるよ。」

「うむ、その意気だ。先程の攻撃は致命傷を避けたので、このレッドガボアはまだ生きている。このあとまた立ち上がり、私達に攻撃してくるだろう。そこを狙え。」


 そう言われながら、エヴィラから短剣を返された。


「いいか、重要なのは欲だ。そいつに刺したい、そいつを殺したい、最悪それ以外の欲でも良い。とにかく、いかに欲を出すかが重要だ。」

「ああ、わかった。」


 そうして樹生はレッドガボアの目の前に立ち、短剣を構えた。それと同時に、レッドガボアも立ち上がり、こちらを向き直した。見たところ、レッドガボアは怒っているようだ。


――大事なのは欲、大事なのは欲、大事なのは欲…。


 直後、レッドガボアが突進してきた。樹生はそれに対して、すぐさま横に回避した。不格好ながらも回避した後、起き上がり短剣を構えた。


―こいつに刺したい、こいつを狩りたい、こいつを…殺したい!

「やあぁぁぁぁぁ!」


 樹生はレッドガボアが目の前を横切った瞬間、その腹にめがけて構えていた短剣を突き出した。そうすると、ザクリという音が聞こえ、グニュリとした感覚を覚えた。


「プギャァァァ」


 そのまま体重で押し、レッドガボアの腹を抉った。体重に任せて押していると、気づいたときにはレッドガボアの体が木にぶつかっていた。樹生はすぐさま離れて、目の前の状況を確認した。いや、確認したと言えるほど冷静ではなかったかもしれない。樹生の目の前には、腹が真っ赤に染まって息絶えたレッドガボアが横たわっていた。


「俺がやったのか…。」


―初めて、自らの手で命を奪ってしまった。こんな日が来るとは思わなかった。


「初めてか?命を殺めるのは。」

「あ、あぁ。」

「覚えておけ。その感覚を。今後どれだけ命を奪っていくかわからないからな。」


 その感覚を覚えるように、樹生は自らの手を握りしめた。今後、この手でどれだけのことをしなければならないのかと、未来に恐怖を感じながら。


「日が暮れてきたな。丁度いい。ここで野宿をするか。明日には、町につけるようにするぞ。」

「ああ、わかった。」


 なんとも言えない感覚に苛まれながら、今日という日が終わっていく。

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