第3話 悪魔と知識欲

―…あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。どうやら、気を失っていたようだ。もう体は痛くないな。

 樹生の意識が段々とはっきりとし、目を少しずつ開けると、明らかに意識を失う前までに見ていた部屋とは異なる景色がそこにはあった。樹生が見えている限りでも、管や拘束具、解析機などの謎の機械はなく、椅子と机があるくらいだった。机には、資料が少々乗っており、椅子には、樹生に苦痛を与えたあの悪魔が座っていた。


「おや、起きたようだね。良かったよ。君がこのまま目を覚まさなければと思い、少々不安だったんだ。」


 どうやら、目が覚めたことに気がついたようだ。エヴィラはそう言いながら、椅子から立ち上がった。


「とりあえず温かいものを用意するから、そこで待ってなさい。」


そう言って、エヴィラは部屋を出ていった。

 樹生はエヴィラの予想外の反応に驚いた。

―まさか、あいつが優しくしてくるとは。

人体実験をしてきたやつと同じとは、到底思えない言動だった。

 しかし、樹生はまだエヴィラを疑っている。人体実験をしてきたときのあの狂気的な反応を覚えているからだ。

 エヴィラは一体何者なのか。そんな事を考えていると、エヴィラが料理を持って戻ってきた。


「麦粥を用意した。食えるか?」

「あ、あぁ。一応食える。」

「良かった。ここに置くからな。」

「ありがとう。」


 そう言って、ベッド付近のサイドテーブルに麦粥が乗ったお盆を置いた。


「冷めないうちに食べてくれ。」

「じゃ、じゃあ、いただきます。」


 そう言って、樹生は麦粥をスプーンで掬い、恐る恐る口に運んだ。口に含むと、特別変わった味はしておらず、普通のお粥の味がした。時間をかけながら、その麦粥を食べきった。


「ごちそうさまでした。」

「お粗末様。一旦食器片付けるから待ってろ。」


 そう言うと、エヴィラはお盆を持ってまた部屋を出た。そして、時間がさほど経たないうちに部屋に戻ってきた。


「さて、君は今、混乱しているだろう。だがこれからもっと混乱することになるから心して聞いてくれ。」

「いや、待ってくれ。俺からも話したいことが。」

「すまないが、それはあとにしてくれ。色々と、話すべきことが多いからな。」

「…わかった。」

「聞き分けが良くて助かるよ。さて、どこから話そうか。

 そうだな、まずは君の現状について教えていこう。まず、ここは研究所ではない。」

「まあそうだろうな。」


 その事実については、樹生は起きたときにすぐに察した。


「ここは、いわゆる私の隠れ家だ。王国の外れにあって、追ってもなかなか来ないので、よく使わせてもらっているんだよ。なのでここは王国ではない。」

「…どうやって抜け出したんだ?」

「それは簡単だよ。あの研究所は直接外に出ることができるから、そこから出たんだよ。まぁ、監視の目をかいくぐらなければいけなかったのだが。」

「俺を連れ出す必要はあったのか?」

「えぇ。あのままだと君は、あれ以上の人体実験を受ける羽目になっていたのだから。」

「えっ?!」

「なので、私は必要な実験だけにとどめたんだ。正直言って、私も君という異分子を調べ尽くしたいんだよ。だが、私にも少なからず良心というものがある。

 それに、あの研究所には、少々恨みがあってね。だから、君を利用させてもらった。」

「恨みっていうのは?」

「あー…詳しく話すと本題から脱線してしまうから軽く話すが、簡単に言えば私の研究資料を盗まれたんだよ。」

「?それと俺に一体何の関係が?」

「関係があるんだよ。君に打ち込んだもの、あるだろ。」

「あぁ。…っまさか!」

「あぁ、そのまさかさ。君に打ち込んだものこそが、盗まれた研究資料だったのだよ。」

「なっ?!」


 その情報に樹生は驚きと怒りをあらわにした。


「てめぇ、一体何を打ち込んだ!」

「落ち着き給え。今からそれについて説明するから。」


 エヴィラがそういうものだから、樹生は怒りを沈め、仕方なく続きを聞くことにした。


「…君に打ち込んだものは、とある遺跡で見つけた『バクテリア』だ。」

「バクテリア?」


 エヴィラの口から、聞いたことのあるような単語が出てきた。しかし、聞いたことがあるとはいえ、決して体内に入れていいものとは到底言えない。樹生は、自分の体内が一体どうなっているのか不安になった。


「あぁ。しかし、そのバクテリアについて詳しくはわかっていなくてね。君に打ち込む前に自分でも調べてみたのだが、何かしら植物に作用することだけしかわからなかったんだ。」

「へぇ…いや待って。それがなんで、人に打ち込むことにつながるの?」

「あぁ、それは興味本位だよ。」

「きょ、興味本位?!てめぇ、ふざけんな!てめぇの興味本位で、俺は死にかけたんだぞ!」

「それについては謝るよ。すまなかった。それに、結果的に君は生きていたのだから良かったじゃないか。」

「それ、お前が言うことじゃないよな。」

「ハハハ。」

「笑ってごまかすな。」


「ハハハ…いやぁすまないね。どうしても自らの欲に耐えられなくてね。」

「欲ね…。そういえば、お前が質問してきたものに欲関連の質問があったよな。」

「おぉ、よく気づいたね。まぁ、これも話が長くなるから後々話すとするよ。」


―…気になる言い方だな。だが正直、これ以上情報を出されても少し理解しきれるか不安だな。本当に、覚えるべきことが多そうだ。


「一旦話を整理しないか?」

「そうだね。そうしようか。まず、君は異世界召喚され、人体実験を私の手によって受けた。その時に、バクテリアを打ち込まれた。君が気を失っている隙に、私が隠れ家まで君を運んだ。ここまで理解したかな。」

「あぁ。なんとなくは。」

「なら良かった。」


「さて、これから起こるであろうことについて教えていこう。君は、研究所から脱走したものとして、王国に狙われるだろう。もちろん、私共々ね。」

「えっ…一体何で?」

「理由は単純。王国の闇が世間に知れ渡らないようにするためだ。研究資料の窃盗から。非人道的な人体実験。この2つだけでも世間に知れ渡るだけで相当王国には痛手だろうからな。」

「なるほど…。」

「レイノール王国は、この世界で最も科学が発展した国。その科学が発展した原因が、非人道的な実験を繰り返してきたからと知れ渡れば、ククク…王国は一体どうなるんだろうな。」

「おっ、おう…。」

「まぁ、私は言いふらすつもりはないんだが。」

「ないんかい。」

「だって、そんなこと興味ないし。私の研究欲にも知識欲にも刺激しないから。」

「えぇ…結局、欲なのかよ。」

「あぁ。いつまで経っても私は、というよりこの世界の生命体は、欲に従順なんだから。」

「はぁ。」


 また『欲』という単語が出てきた。樹生はなぜ欲という単語がこんなにも出てくるのか疑問を抱いた。


「さて、というわけで、私達はこれから追われる身になる。そのため、急いでここから逃げなければいけない。さっさと起き上がって、準備をしろ。」

「えっ、ちょっとまって。まだ聞きたいことはたくさんあるぞ。」

「はいはい。それについては道中に話すから。せめて、ここから出れる準備だけしろ。」

「えっ、えぇ。」

「ほら、急げ急げ!」


 そうやって、樹生はエヴィラに急かされて、外に出られる準備をした。といっても、樹生が用意するものは特に無く、エヴィラに言われて服装を変えたくらいだ。


「さて、準備は終わったな。」

「あぁ。しかし、ちゃんと教えてくれるんだろうな。この世界のこととか。」

「ああ、必ず教えてやる。君にとって知ったほうがいい情報だからね。」

「だったら、行く前に教えたほうが良かったんじゃ…。」

「まぁ、いつでも教えられるから。うむ…しかし何も知らない状態は、やはりまずいよな…。よし。最後に、この世界の仕組みについて、簡単に教えてやる。ちゃんと聞いて覚えておけよ。」

「おう。」


 ようやっと、この世界について、『欲』について知れるようだ。


「この世界と欲の関係だったな。この世界の生命体は例外なく、欲の量によって己の力が増加するという性質を持っている。」

「力の増加?」

「ああそうだ。例えば、お腹が空けば食欲が湧く。そして、その状態で食べ物を食べなければ、食欲はどんどん増加する。そうすると、その人物が持ちうる力、知力や筋力、他にも色々あるがそんな『力』が強くなるんだ。」

「ほう。」

「つまり、この世界において、欲が大きければ大きいほど、強い存在となっていくんだ。」

「なるほど。」

「欲の種類も少しは関係するが、それは自らが抱いている主要な欲だけ。基本的には欲の量で力の強弱が決まるんだ。」


 ようやく、樹生は理解した。なぜ、あのとき欲に関わる質問をしてきたのか。この世界において、欲とはそれほどまでに重要なことだったのだ。


「さて、ではここから出るとしよう。

 …あぁ、そうだ。最後に改めて自己紹介をしよう。知っての通り、私の名前は『エヴィラ・イール』。種族は悪魔種で、学者あらため教授を名乗っている。私が抱いている主要な欲は『知識欲』だ。これからよろしくな、樹生。」

「ああ。少し不満は残るが、逃亡仲間としてこれからよろしくな、エヴィラ。」


 こうして、異世界人と悪魔の奇妙な冒険が始まった。

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