第2話 問答と実験欲

 人間ではない存在につれられて、樹生は廊下を歩いていた。


「あの、質問してもいいですか?」

「はい、いいですよ。」

「えっと、失礼かもしれませんが、あなたって人間じゃないですよね?」

「ええ、そうですよ。見ての通り、私は人間ではありません。失礼なことではないので安心してください。

 私の種族は、悪魔種と呼ばれております。」

「あ…悪魔…。」

「ええ、悪魔です。」


 目の前の存在からの返答に、樹生は驚きが隠せなかった。なにせ、自らを悪魔と名乗るのだから。

 『悪魔』、一般的なイメージでは、コウモリのような羽と羊のような角を持つものとして描かれることが多い存在だが、目の前にいる存在は、そのイメージ通りの姿形をしていた。目の前の存在は、人間にコウモリのような羽と羊のような角を足したような姿をしている。 

 そして、歩いていく内にとある一つの部屋にたどり着いた。


「さあ中へ。」

「ありがとうございます。」


 悪魔が丁寧に部屋の中へと案内した。そして、椅子なども用意してくれた。


「どうぞお座りください。」

「ありがとうございます。何から何まで。」

「いえ、構いません。さて自己紹介をしましょうか。

 私の名前は『エヴィラ・イール』です。どうぞよろしくお願いします。」

「あぁ、よろしくお願いします。俺の名前は…」

「あぁ、構いません。森川樹生ですよね。先程の自己紹介を聞いていたのでわかります。」

「そ、そうですか。…そうですよね。」


「はい。では、はじめに、採血を行います。」

「さっ採血、ですか?」

「はい、そうです。仮にもあなたは異世界人です。なので、その細胞の解析を行うために採血をします。」

「は…はあ。」

「では、腕を出してください。ああ、安心してください。取る血の量はそれほど多くはないので。」


 こうして、採血が行われた。意外にも採血はすんなりと終わった。採血自体も、異世界特有というわけでもなく、樹生の世界のものと同じだった。


「はい、終わりましたよ。この血は、機械に入れて解析します。解析している間にいくつか質問をします。なるべく正直に答えてください。」

「あ、あの、質問の意味とは…。」

「これでも学者なので。あなた方異世界人というものに興味があるんですよ。なので、これも研究の一環です。他の方もやっていることなので。」

「はぁ。」


「では、まず最初の質問です。あなたは『欲』と聞いて何を思い浮かべますか?」

「欲ですか?えっと、食欲とか睡眠欲とか性欲とか。他にもあることはわかりますが、代表的なものといえばこの3つですかね。」

「なるほど。では次の質問です。あなたは、なにか欲しいものとかはありますか?」

「欲しい物…すぐ思い浮かぶもので言えばお金とかですかね。」

「あぁ、すみません。言い方が悪かったですね。欲しいものとは抽象的なものでも構いません。例えば、誰にも負けない力だとか、皆からの称賛だとか。」

「はぁ。いや、でも、あまり思い浮かびませんね。強いて言うなら、生き残れる運とかですかね。」

「ほう、生き残るですか。なるほど、なるほど。」


 一体この問答になんの意味があるのだろうかと、樹生は疑問を抱いていた。研究の一環と言っていたが、一体この質問がどんな研究に使うのだろうか。


「…ふむ…では、最後に個人的な質問です。…あなたは、今まで死の危機に瀕したことはありますか?もしくは、目の前で誰かが死んだことはありますか?」

「…死?!なに訳のわからないこと言っているんですか!」


 唐突に、訳のわからない質問が飛んできた。前の質問との関連性が見えないのだが。


「すみません、個人的とはいえ研究に必要な質問なので。ないならないで構いませんので。」

「……死の危機に瀕したことは一応あります。…その時に…目の前で人が死にました…。」

「!なるほど。ありがとうございます。質問は以上です。」


 これで質疑応答が終わった。

 そして、質疑応答が終わったその直後、


「ちょうど細胞の解析も終わりましたね。ほう!これはこれは。」

「どうだったんですか?」

「あぁ、いえ。ただ、あなたの細胞の構造が、人類種の細胞の構造と似ていたので、興味深いなと思っただけです。」

「人類種?」

「あぁ、そういえばあなたは異世界人でしたね。簡単に説明すると、この世界におけるあなた達のような種族のことです。」

「な、なるほど。」

「興味深い、しかし、面白いとは言いづらい。ふむ…なんとも微妙な結果になったな。これから面白いことが起こるだろうから、まあいいか。」

「えっ、なにか言いましたか?興味深いとか面白いとか言ってましたけど。」

「ああ聞こえていましたか。ただの独り言なので気にしないでください。」

「はぁ。」


「では、そろそろ世界を救う力というものについて言及してみましょうか。」

「えっ、本当ですか!」


 樹生はその言葉を聞いた瞬間、先程の困惑が嘘のように消え、高揚感で一杯になった。


「世界を救う力って、一体何なんですか?どうやったら、それを見ることができるんですか?」

「焦らないで。落ち着いて。」

「は、はい。すみません。お恥ずかしい。」

「世界を救う力ですが、現状それを確認することができません。また、その力が一体どんなものなのかもわかりません。

 そもそも、まだ、あなたは力を発現していません。」

「えっ。」

「ですが安心してください。必要な手順を追えばその力を見れる可能性が出てきます。」

「か、可能性?見れないこともあるのですか?」

「あぁ、まぁ、気にしなくて大丈夫ですよ。適正とかの話ですから。私にもどうなるかわかりません。」

「は、はぁ。」

―若干はぐらかしたか?


「早速、手順を説明します。あなたはその説明通りに動いてください。」

「は、はい。」

「まず最初に、こちらの椅子に座ってください。」

「こちらの椅子って、なんか色々管とか出てるんですけど。拘束具みたいなものもあるし。」

「気にしないでください。」

「いや、気になるんですけど。」

「大丈夫です。気にしないで座ってください。拘束具や管はすべてつけますので。」

「えっ?!」

「さっさと座ってください。それとも、力を見たくはないのですか?」

「!いえ、みたいです。すぐ座ります。」


 そうやって、樹生は渋々指定の椅子に座った。


「次に、拘束具をつけさせていただきます。」

「えっ、なんでですか!?力を見るためにそんなことも必要なのですか?」

「初めて出現するとき、暴走してしまう可能性もあるので。」

「あぁ、なるほど。」


 樹生は少々疑念を抱いたが、納得のできる理由が出てきたので、食い下がった。


「大丈夫ですか?では、こちらのマスクを付けてください。こちら、管が通っているので、無理に顔を動かさないでください。」


 今度は、管の通ったガスマスクのようなものを装着させられた。

―本当に大丈夫なのか?

そのように樹生は不安を抱いた。


「これで準備はおしまいです。力の発現…もとい、実験を開始します。」

―実験?!


 実験という不穏な言葉が聞こえたその直後、エヴィラがどこからか取り出した注射器を樹生の腕に指し、謎の液体を注入してきた。

 液体が注入し終わると、樹生は体中に激痛が走り、狂ったように暴れだした。


「ガァァァァァァァァ」


――痛い痛いいたいイタイイタイ

 なぜこのような苦痛を味わっているのか、理由がわからなかった。樹生は実験動物にでもなったような気分だった。いや、なっているのだろう。だから、わけもわからない苦痛を味わっているんだ。



「アハハハ!これは面白い!君は、今苦痛を感じているのかい?細胞の拒否反応か?さあ、一体どのように痛いのか、体にどのような変化が起こっているのか、教えてくれたまえ!」

「アガァァァァァァ」


 樹生は自分の運命を呪った。自分の意志で異世界に来たわけでもないのに、こんな地獄を味わっていることを。

―一体何がいけなかったのだろうか。あのとき自分が生きてしまったからなのだろうか。


 地獄のような苦痛の末、ついに樹生は意識を手放した。

――


「おや、反応がなくなった?」




「さて、行動を始めるか。」

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