料理上手の僕と食べる専の星谷さん

第8話 決別

　先日の星谷家での出来事から一夜明け、僕と星谷さんは買い物に出掛けていた。曰く、この前出来なかったことをやり直す。ということらしい。

「でも、何作るの？」

　僕がそう尋ねると、星谷さんはあっけらかんとした態度で言った。

「え？まだ決めてないよ？そういうのはフィーリングが大事だって言うでしょ？」

「言わないかな」

「じゃあウチが言い始める！」

「じゃあ別に止めないよ」

　なんて話していると、向かう先に見たことある顔があることに気がついた。

「浅野さん・・・」

　そう、僕の全てを色んな意味で変えた人、浅野莉花が目の前にいたのだ。けれど今回はこの前と違った。

「あれ？もしかして・・・ケイキ君？」

　浅野さんが僕に気がついたのだ。そして彼女はパタパタと駆け寄ってきた。

「久しぶりだねケイキ君、元気してた？」

「う、うん・・・」

「ところでケイキ君さ・・・」

「まだ、あんなこと続けてるの？」

　その瞬間、僕の頭の中は過去をフラッシュバックしていた。何やら言い続けていた浅野さんを尻目に、僕の視界は少しずつ真っ暗になっていっていた。しかし、その時だった。

「辞めてよ！！」

　その言葉にハッとした僕はその声の主へと目線を向けた。その正体は星谷さんだった。

「誰アンタ？あっ、もしかしてコイツの彼女？」

「えっ！？い、いや、その・・・なんと言うかそんな関係じゃないけどそんな関係になるのも悪くないと言いますか、むしろ嬉しいと言いますか・・・」ｺﾞﾆｮｺﾞﾆｮ

「は？なに小っさい声で言ってんの？でも、アイツのこと好きなら言っておいてあげる」

「アイツは、弱気で内気で、男らしくなくて、しかも自分の保身のために他人も自分も騙すような奴なの。だから早いとこ身を引いた方がいいかもよ？」

　そう浅野さんが星谷さんに言うと、星谷さんは今まで見たことも無いような鋭い目線を向けて言った。

「そんな言い方無いよ！」

「ケーキ君はそんな他人を騙したんじゃ無い！皆んなと一緒にいたい！ただそのためにホントの自分に蓋をしてただけなんだよ！」

　星谷さん・・・

「それに私は・・・！」

「そんな弱気で内気で・・・だけど他人のために一生懸命なれるケーキ君が好きだから！」

　その言葉は、今の僕に衝撃を与えるのには十分すぎるものだった。

　それを聞いた浅野さんは、ハァと１つため息を吐いて言った。

「あっそ、まあ好きにすれば？後で後悔するのはそっちだけど」

　そう言うと浅野さんは僕の方へと歩み寄って耳元で言った。

「きっとアンタは知ることになるよ。今の自分では、何も守れない・・・って」

「えっ・・・」

　それ以上は何も言わずに、そして僕に一瞥もくれずに、浅野さんはどこかへ行ってしまった。だけど、その口元には僅かに笑みが見えた気がした。

「ケーキ君！大丈夫だった！？」

「う、うん。それより星谷さん、さっきのって・・・」

「さっきの？さっきの・・・は・・・」

　そこまで言うと星谷さんの言葉がピタリ止まった。そしてその顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。そして、

「えっ！？あっ！そ、その！えと、今のはその違くて！いや！違く無いんだけど！えと、そのあの・・・」

「と、とにかく！今日は一旦これでお別れ！それじゃあまた今度ね！」

　すると星谷さんは目にも止まらぬ速度で走り去って行ってしまった・・・

　さっきのは、さっきのはきっと・・・

　時期は6月の終わり、遠く遠くまで澄み切った青空が、本格的な夏の到来を予感させていた。