第5話 暗転

『そんなのアタシの知ってるケイキ君じゃないよ!』


『近づくなよオンナ男!』


『料理とか女の子の趣味だよねー!』


 ・・・・・・


「ハッ!!?」


 まただ、またこの夢だ。あの日の買い物以降、毎日同じ夢を見る。あの日のもう思い出したくない、真っ黒な色の記憶・・・


「今、何時だ・・・あっ」


 携帯の画面を付けて目に飛び込んだのは、時刻ではなくメッセージの通知だった。その送り先は、


「星谷さん・・・」


 僕と星谷さんは、あの日から連絡をしていない。なのに、彼女は毎日僕に連絡を送ってくれている。だけど・・・


『ねえ、ケーキ君どうしたの?ホントに変。ねえって・・・キャッ!?』


 あの時の手の感覚が、その後の絶望感が、僕に返信することを躊躇わせている。


「結局は自分の気持ち次第だってことは、知っている筈なんだけどな・・・」


 ・・・・・・


 キーンコーンカーンコーン


「はあっ・・・」


 また今日も、学校いる間に星谷さんに連絡返せなかった。結局、猫を被っても被んなくても、僕は友達を作るのに向いてなかったって事なんだろうな・・・


「帰るか・・・」


 そうして学校の校門を抜けると、そこに1つの見知った影があった。


「シオナちゃん・・・」


 シオナちゃんだ。シオナちゃんは僕に気づくと、僕の元に駆け寄って来た。


「お兄さん、今ってお時間ありますか?」


「時間か、えっと・・・」


「ありますよね、なので来て下さい」


 シオナちゃんは、そう言うと強引に僕の手を取って歩き始めた。


「ここなら、ゆっくり話せますね」


「え、うん。そうだね・・・」


 すると、シオナちゃんは飲んでいた飲み物を机に置いて話を始めた。


「それじゃあ単刀直入に聞きます。最近、お姉ちゃんと何かあったんですか?」


 僕はその言葉に思わず黙りこくってしまった。けれど、どうにか振り絞って言葉を口にする。


「な、何でそう思ったの?」


「お姉ちゃんが変だからです」


 その言葉に、僕は思わず顔を上げる。するとシオナちゃんは微笑んで言った。


「あっ、やっと私の顔を見てくれましたね」


「そ、それより星谷さんが変って・・・」


 すると、シオナちゃんはすっと目線を落として言った。


「それは、今は言えません」


「そんなっ!?どうして!?」


「それも言えません、ですけど、これだけは言えます」


「お姉ちゃんは、お兄さんに会いたがっています。ですからどうか、今週末、家に来てくれませんか!?」


 その提案は、今の僕にはないあまりに重たすぎるものだった。僕はゆっくりと、でも正確に答える。


「ごめん、でも、今の僕にはその覚悟は無いんだ・・・」


 そして僕はまた目を下に伏せる。そしてしばらくすると隣の椅子が引かれる音がした。見るとそこにはシオナちゃんが座っていた。


「どうしたの?急に」


 するとシオナちゃんは、どこかぶっきらぼうに言った。


「どうせ前にいたって顔見てくれないので、だったら隣にいてやろうと思ったんです」


「そう・・・」


 そのまま僕が黙りこくっていると、シオナちゃんが痺れを切らしたように言った。


「お兄さんがそんなにお姉ちゃんを避けている理由、教えてくれませんか?」


「えっ・・・」


「言いたくない事なのは分かります。でも!私はお兄さんの辛い姿を見るのも、お姉ちゃんが報われないのも嫌なんです!それに・・・」


「私、お兄さんのこともっと知りたいですし、お兄さんのためなら、どんな事でもする覚悟がありますから」


 そう、シオナちゃんは僕の顔をあげて、その目を見ながら言った。


 その真っ直ぐな瞳に、僕は信じてもいい気持ちになった。


「分かったよ、じゃあ話すよ。僕の、つまらない昔話を・・・」

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