二十年目の酒
卯月
悪太郎の旅路
江戸時代、場所は日本橋
当時は
いま一軒の煮売屋台に、一人の男が腰を下ろし酒を飲んでいた。
旅装の中年男だ。長旅のせいか少々やつれている。
なかなかに
男は甘辛く煮つけた
と、そこに別の男が来店してきた。
「やあ」
自分に声をかけられたような気がして旅の男はチラリと目線をやったが、特になにも言わない。
「いらっしゃい!」
店の主に歓迎されて町人は客席についた。
「旅のお人、どちらから来なすった。
「……」
「あはっ、無口なお人だ。あたしは
「……」
旅の男は
「当ててみようか。あんた旅の目的は仕事だろう。商売の
「ついでに人も、な」
根負けしたかのように旅の男が口をひらいた。
「二十年ぶりだ、江戸に
だからついでに
旅の男は
名前は
しかし生まれながらの悪ガキで、まわりからは
「あいつのどこが
などと言われながら育った。
男は大人になってからも
いざ江戸を捨てて
『二十年だ。二十年たったら俺は
そんな捨て台詞をはいてから、本当に二十年の月日がすぎてしまった。
上方での暮らしにすっかり
これもなにかの縁かと思い、ためしに江戸の小介に手紙を送ってみればあの野郎、今じゃ大きな商家の奉公人として
生きていると知れたらもう
こりゃあもう一度顔を見てやらなきゃおさまらないと思い、今日この日本橋までたどり着いたというわけだ。
生まれ故郷の浅草まではもう目と鼻の先だ。明日の朝に宿を出て、昼には着くだろう。
「いや、ちょいとばかり酔って口がすべりすぎたな。あばよ」
旅の男、良太郎はそういうと立ち上がり、
暗い夜道をほろ酔い加減でフラフラと歩く。
もうすっかり
明日もあることだし宿にもどってさっさと寝なくては。
しかし、そこで
「残念だがお
夜の暗闇から突然声をかけられた。
さらに「それっ!」と声がかかり、複数の黒い影が良太郎をとり
「
謎の集団の正体は
もうすっかり包囲されてしまっている、どこにも逃げ場はない。
「お、お待ちを。人違いじゃございませんか」
「人違いなわけねえだろう。凶賊、悪太郎一味の
良太郎はすっかり顔色をかえ、
二十年かけて良太郎が手にいれた身分。それは盗賊団の頭目というものだった。
悪太郎として育ってしまった性根は上方にうつっても治るものではなく、食うに困ってついには強盗殺人の常習犯にまで落ちぶれていたのだ。
「なんで、なんであっしが悪太郎だと分かったんで?」
乱暴に両手を
本当に二十年ぶりの江戸である。着いたその日になぜばれたのか? そこだけがどうしても納得がいかない。
「まだ分からねえか。お
一番身分の高そうな武士が代表してそう答えた。
「お前がさっき煮売屋で一緒に酒飲んだデブの商人!
あれがお前の幼なじみの小介だったんだよ!」
「な……」
良太郎は脳天に雷が落ちたような衝撃をうけた。
「あいつはな、はじめは幼なじみのお前を売るなんて絶対に
だけどお前、ちょっと前に上方で越前屋って店を襲ったろう。
あそこは小介が働いている店の兄弟店だったんだよ。
お前は、小介が世話になった若旦那や同僚たちをまとめてブッ殺しやがったんだよ!」
「そ、そんな……」
もはや良太郎、いや悪太郎には言葉もない。
「おなじ二十年なのによ。
あいつとお前、なにがそんなに違ってたっていうんだろうな」
悪太郎は来た道をふり返った。
煮売屋は遠く離れてもう見えない。
だが彼の脳裏には、泣きながらヤケ酒を飲んでいる小介の姿がありありと浮かんでいた。
二十年目の酒 卯月 @hirouzu3889
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます