第20話
ベラルド公爵家の次期当主シオンと、マークウェルド伯爵家の令嬢フェリシアとの挙式は盛大に執り行われた。
格式の高い大聖堂、参列者は錚々たる顔ぶれ、王族の挙式と引けを取らない豪華な挙式となった。
式の後に休憩時間を挟んで祝賀パーティーが公爵邸で行われた。
国中の貴族が集結したかのような賑わいで、深夜になっても盛り上がりを見せていた。
そんな中、新郎新婦のシオンとフェリシアは目立たないようこっそりと会場を後にした。
フェリシアは侍女や使用人の手を借りてドレスの紐をほどいていく。
丁寧に体を洗われ香油を擦り込まれる。
薄く滑らかな肌触りの絹のナイトドレスを着せられて、気が付くと侍女たちの姿は消えていた。
結婚していた前世の記憶があるにも関わらず、フェリシアはそわそわと落ち着かない。体が弱かったあのころは、内輪だけの簡素な式と慎ましやかな晩餐会だけで疲れてしまい寝込んでしまった。そのせいで初夜というものは挙式後一週間が経った後だった。
フェリシアは広い寝台でシオンが来るのを待っていた。しばらくすると軽いノックの音が聞こえ、ガチャリと扉が開かれた。そしてまだ髪が濡れたままのガウン姿のシオンが入ってきたのだった。
「疲れていないか」
「はい、大丈夫です」
前世の記憶があるせいか、フェリシアの体調を気遣うシオン。
フェリシアも多少疲れてはいるが、体力的な疲れというより気疲れといった精神的なものだった。
シオンは寝台の縁に腰をかけると、右手を伸ばしフェリシアの頬に優しく添えた。
「顔色は悪くないようだ」
「私はアリシアではありませんわ」
「そうだったな」
フェリシアの唇にそっと重なるシオンの温かな唇。
それは酷く優しいキスで、ふんわりと包み込まれるような感覚だった。
そしてフェリシアはそのまま優しく抱き抱えられるように押し倒された。
シオンはフェリシアと前世のアリシアは違う人物だと頭では分かっているが、つい、繊細なガラス細工を愛でるように彼女を抱いていた。
アリシアはもっと痩せていたし、手足が冷たかった。
少しでも力を込めれば壊れてしまいそうで怖かったのを覚えている。
「シオン様、私はアリシアのようにか弱くはありません。どうぞ貴方の好きになさって下さい」
潤んだ瞳でフェリシアは言った。
一瞬、理性の箍が外れそうになったが、初めての女性を抱き潰すわけにはいかない。
「私の理性を試さないでくれ」
そう言って大切に、甘く繊細な果実を味わいつくすように丁寧に彼女を抱くのであった。
眠りについたときは満ち足りた気分でいたはずだった。
夜も明けきらない時刻。
大切なものを手に入れたシオンは、微睡みの中にいた。
シオンに柔らかな微笑みを向けるフェリシア。
爽やかなオレンジの香りの紅茶を淹れてくれるフェリシア。
刺繍をしながら仕事で疲れたシオンにお疲れさまと声をかけてくれるフェリシア。
愛おしいフェリシア。
───フェリシア、君は幸せか?
『はい、私は幸せですわ』
───良かった。
そう思ったのも束の間、いきなり場面が切り替わる。
さっきまで微笑んでいたフェリシアは寝台で眠ったように横たわり、唇は青紫に変色している。
寝台の傍らで主治医が暗い顔で佇み使用人のエマがむせび泣く。
───まさか、まさか…
「フェリシアっ!!」
ガバリと起き上がるとフェリシアが心配そうにシオンの顔を覗き込んでいた。
──ああ、彼女は生きている。
「魘されてましたわ」
「ああ、起こしてしまったな。すまない」
シオンは時々このような悪夢を見る。最近は落ち着いていたが、フェリシアと結婚したことで彼女を失いたくないという気持ちが強くなったからだろうか。
久しぶりに嫌な夢を見た。
「シオン様、私は二度と貴方をおいて死んだり致しませんわ。まだ夜明け前です。どうぞ安心してお眠り下さい」
「ああ、そうしよう」
安心したシオンはフェリシアの腰に腕を回し、温かな体温を感じながら抱き込むようにして再び眠りについた。
フェリシアは知らなかった。
アリシアの突然の死がここまで彼を苦しめていたとは。
あの死の間際、苦しくて、寂しくて、最後に一目でもいいからシリウスに会いたい。そう考えていたアリシアは、後に残されたシリウスの苦しみなど少しも考えていなかった。
それどころかシリウスが自分が死んで悲しむとは微塵も思っていなかった。
───ごめんなさい。私身勝手だったわ。
密着したまま見上げれば、眉間に皺を寄せたまま眠るシオン。フェリシアは、そっと眉間を指先でなでる。
すると眉間の皺がわずかに和らいだ。
前世、アリシアは若くして世を儚んだがそれでも幸せだった。しかしシリウスは妻に先立たれ、再婚することなく義父ダリウスの後継者としての役割をひたすらこなしていた。
「私、今世は貴方を幸せにするわ」
ささやくように呟くフェリシア。
シオンはそれを目を閉じたまま聞いていた。
ー 完 ー
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