第18話
一生独身を貫こうとしていたシオンと、シオンとの結婚を諦めていたフェリシアは結局婚姻を結ぶことになった。
シオンは今までの非礼を詫びる手紙をマークウェルド伯爵宛てに送り、ロザリンドにも中途半端でいたことを詫び、仕事が落ち着き次第二人で婚約指輪を買いに行くことを報告した。
ロザリンドは跳び跳ねるほどに喜んだのはいいが、「私が一緒に見てあげます!」と言い出しシオンを困らせた。
三十近くになってデートに親を連れていくつもりは毛頭ないのでそれだけは勘弁してくれと何とか諦めさせた。
その代わり、一月後に王城で開かれる舞踏会用のドレスと盛装を私が見繕います!と言って聞かなかった。
それを着て婚約の発表の場としなさい。ということだった。
シオンとしては女性の着るドレスのことは全く分からないので、ロザリンドが見繕ってくれるのならそれに越したことはないとそのままお願いすることにした。
そしてロイドに対しては、シオンが独身主義は辞めたことを伝えた。
「今さらずるいですよ」と言われたが、譲るつもりは微塵もなかった。
フェリシアもロイドへ婚約は継続となり、王城の舞踏会で公表することになった旨を伝えた。
彼には苦しい時に相談に乗ってもらった感謝と、心を寄せてくれたのに断る結果となってしまった申し訳なさと両方あるが「ありがとう」も「ごめんなさい」も違う気がして言葉が出てこなかった。
そんなフェリシアに対してロイドは「気にすんな。シオン室長に高い酒奢らせるから」と笑顔で言ったが、内心はシオンに対して恨み言で一杯だった。
晩秋を迎え仕事も落ち着き始めた頃、シオンとフェリシアは婚約の指輪を買った。
シオンの瞳の色と同じ青いサファイアと、その青を際ただせるメレダイヤ。
残念ながら文官の制服には合わないが、習わしとして婚約中の女性は常に身に付けなければならなかった。
となると当然彼女らの目に止まる訳で。
「ちょっと、どういうことよ、その指輪」
お昼の休憩時間、例のごとく女三人で室長執務室で過ごしていると、フェリシアの左の薬指に嵌められた指輪を目敏く見つけるシンディ。
「私たち聞いてないわよ」
と少しお怒り気味のサマンサ。
「実は、以前からベラルド公爵家から婚約の打診を受けていまして…」
「ベラルド公爵家って…」
「しかもその青…」
「「シオン室長!!」」
「まあ、そういうことでして…」
抜け駆けだとか、裏切り者だとか痛くも痒くもない批難を受ける。
最初はフェリシアに対しての口撃だったのが……。
「私、もうニ年も婚活してるのに入省して一年目のフェリシアに抜かされるなんて…」
「私なんて三年目よ…」
と次第に愚痴を溢し始めた。
ここは先に婚約者持ちになれた先達としてアドバイスをしなければならない。
「シンディさん、サマンサさん、よろしくて?
結婚なさりたいのなら、そのお相手の男性を狙うのではなく、その男性のお母様に気に入られることが重要ですわ」
「お母様…なるほど?」
「そこんとこ、もっと詳しく!」
二人の目の色が変わり、身を乗り出すように食いついた。
「仕方のない方たちですわね」とフェリシアはため息ひとつついた。
「私がベラルド室長と婚約するに至ったのは、ロザリンド夫人に気に入られたからですわ。
切っ掛けは私の参加する『刺繍同好会』へロザリンド夫人もいらっしゃった時のことです。」
「ふん、ふん」と食い入るように話を聞くシンディとサマンサ。
実際は『刺繍同好会』よりも前の『家族懇親会』で、ダンスが壊滅的に下手くそという共通の弱点を持ち、そんなフェリシアのことをシオンが優しい眼差しで見つめていたことが切っ掛けだったのだが、当の本人はそれを知らない。
「私の作品をお気に召されて、色違いを作って差し上げることになりましたの。すると数日後には婚約の申し込みの使者がうちへお見えになって。ですから、お二人も刺繍を…」
「それだわ!社交界でもなく職場恋愛でもなく同好会の人脈ね!」
「なるほど、男性のお母様と同じ趣味を持てば…」
「いえ、刺繍を…」
「私、お父様が絵画好きなのよ。今度一緒に個展巡りでもしてみようかしら」
「私、お母様がミステリー小説が好きで時々会合を開いてるみたいなのよ。今度連れてってもらおうかしら」
「刺繍同好会なんてうってつけだと…」
「さすがフェリシアね」
「先は明るいわ」
「刺繍…」
シンディもサマンサも刺繍は大の苦手である。残念ながらフェリシアの刺繍仲間への勧誘は失敗に終わった。
✳️
そして王家主催の舞踏会の日がやってきた。
フェリシアとシオンが纏う衣装は葵色でコーディネートを合わせ、シオンは黒や銀糸の刺繍が施され、フェリシアは白のレースを重ねた華やかで上品な仕立てとなっていた。
美しきベラルド公爵家の次期当主、シオン・ベラルドと、『月下美人の君』と謳われるほど美しいマークウェルド伯爵家の令嬢、フェリシア・マークウェルド。今夜の貴族たちの話題はこの二人の婚約話でもちきりである。
シオンの巧みなリードで踊るフェリシアは、人前で踊れていることに少々興奮気味だった。
「シオン様、私楽しいです」
「そうか」
ほんのりと頬を上気させて楽しそうに微笑むフェリシア。そんな彼女を優しく見つめるシオン。彼女の笑顔が見られるのなら、義務として踊っていたダンスもそう悪いもんじゃないと思えるようになっていた。
ダンスを終え、一通り主要な人物に挨拶回りをした後だった。
「フェリシア、君にどうしても紹介したい人がいる。一緒に来てくれ」
「紹介したい人…?」
シオンはフェリシアを連れて大広間を抜ける。そして到着したのはいくつかある休憩室の一室だった。
そこはリースベルト侯爵家専用の休憩室で、リースベルト侯爵家の親類もしくは招待された者しか入ることは許されない。
そして、リースベルト侯爵家と言えば、現宰相のブラウン・リースベルト閣下の家名でもあった。
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