第13話
蓄音機から流れる音楽に合わせてひらりひらりとドレスの裾が広がる。
───あら、私踊れてる?
フェリシアは生まれて初めてダンスが楽しいと感じていた。
ターンをするとき、足を前へ、後へと踏み出すタイミングをシオンが繋いだ手と背中に添えた手に込めた力の強弱で教えてくれる。
「ふむ、やはりな。マークウェルド君は母と同じでリズム音痴が原因らしい」
「……」
「やあねぇ、この子ってば。そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない。ねぇ、フェリシアちゃん」
「い、いえ、本当のことですから」
歯に衣着せぬ物言いで少しばかり傷付いたが、ロザリンド夫人も同じなのだからと自分を宥める。
フェリシアも父や兄と踊ったことはある。むしろ二人としか踊ったことがないのだが、二人ともフェリシアがリズムをとりやすいようにワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリーと耳元で声をかけてくれていた。
それでも父や兄の足を踏んでしまったり、もつれたりしていたため、踊ること自体避けていた。
「難しいステップは避けて基本的なステップだけなら何とかなるだろう?」
「ならないわよ。リズム音痴をなめないでちょうだい。ねぇフェリシアちゃん?」
「お、おっしゃる通りです…」
今度は味方に背後から撃たれた気持ちになるが泣いたら負けだと自分に言い聞かせるフェリシア。
フェリシアは、自分はやはりダンスは極力人前では踊らない方がいいと決意を新たにしていたのだが、その一方、シオンはフェリシアと踊ることができて嬉しく思っていた。
前世では一度も社交界へ顔を出すこともなく、一緒に踊ることさえしてやれなかった。
彼女の体調を慮ってのことだったが、もし、彼女と踊ることができたのならこんな感じだったのだろうかと思いを馳せていた。
「練習が必要ならまたいつでも相手を務めよう。皆が待っている。そろそろ会場へ戻りなさい」
「はい、ありがとうございました」
丁寧なカーテシーでその場を去るフェリシアと、フェリシアを優しく見つめるシオン。
そしてそんなシオンをロザリンドが見ていたことは、シオンは気が付かなかった。
✳️
『家族懇親会』も終わり、一週間が過ぎた。
今日は、刺繍を趣味としている貴婦人が集まり、作品を披露し、語り合ったりする『刺繍同好会』の日だった。
ここ最近まで、慣れない仕事に疲れてしまい早くに就寝したり、早く仕事を覚えようと統計学を基礎から学び直したりしていたため刺繍の新しい作品作りは後回しにしていた。
ようやく刺繍に時間を割けるようになり、小さいながらもリボン刺繍の作品を作り上げた。
それは直径十ニセンチのコンパクトミラー。コンパクトの蓋の部分に使う装飾に、リボン刺繍を施した布を張り付けた物だった。
今回の『刺繍同好会』の会場はプリシーラ伯爵夫人のお屋敷だ。
美味しい紅茶とお菓子を頂きながら、お互いに手塩にかけた作品を順番に披露し合い、讃え合い、新たな刺繍技法があれば教え合う、和気あいあいとした楽しい会になる…筈だった。
いつもなら。
「皆様、どうぞいつものようになさって。
あら、マーガレット様こちらはどのように縫っているのかしら?まあ!素晴らしい技術ですわ。
あら、ドーラ様はお召しのストールに刺繍をされたのね。手にとって見せていただいても?まあ!素敵だわ」
いつもはいない筈のお方が中心となって、お声がかかると作品を差し出しお褒めの言葉をいただく。
『ナタリア様、何故ロザリンド夫人が?』
フェリシアは隣に座る刺繍仲間に小声で聞いた。
何せ、一週間前に初めて会った公爵夫人がそこにいるのだ。しかも刺繍がお好きだとは聞いたことがない。
『プリシーラ夫人に是非一度参加してみたいとおっしゃったそうよ』
『ロザリンド夫人は刺繍に興味がおありだったのかしら』
『そういう訳では…』
「あら!フェリシアちゃんお久しぶりね」
お久しぶりと言っても先週会ったばかりだ。
「お久しぶりです。ベラルド公爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく、再びお会いできたことを…」
「イヤだわ!ロザリンドって呼んでちょうだい。あ、ロザリーでもいいのよ、貴女と私の仲じゃないの」
貴女と私の仲というのはリズム音痴同士の仲ということだろうか。
「ありがとうございます、ロザリンド様」
「フェリシアちゃんの作品、よかったら私にも見せていただけないかしら」
「もちろんです。今回は刺繍にあまり時間を取れなかったので小物を作って参りました。どうぞご覧下さい」
フェリシアはできたばかりのコンパクトミラーをロザリンドへ手渡す。
「まあ!素敵だわ。
ねぇ、フェリちゃん、このコンパクトの色違いってないのかしら。黒地に青い薔薇とか」
いつの間にか呼び方がフェリちゃんに変わった。
黒と青とは、シオンと同じでロザリンドの色である。
「いえ、残念ながらひとつしか作成していないので色違いはありません。
もしよろしければ新たに作りますのでプレゼントさせて下さい」
「あらぁ、催促したみたいで悪いわぁ。でも、楽しみにしてるわ」
フェリシアに自分用のコンパクトミラーを作らせる約束をしたロザリンドは、ひとしきり全員の作品を褒めた後、「ごきげんよう~」と機嫌良さそうに帰って行った。
「な、何だったんでしょうね」
と呟くフェリシアだったが、その場にいた全員は分かっていた。
あんた目的だったんだよと。
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