第12話

 次にレオナルドが息子らしき青年を伴ってやって来た。


「フェリシア、すまないがうちの息子が是非挨拶をしたいと言ってな」


「あら、光栄ですわ」


フェリシアの前に一歩踏み出したのはフェリシアより年下の男性。

おそらくは未だ学生の身分で、社交界デビューしたばかりのようだ。


 身長はレオナルドと同じくらいあるが、十代半ばの年頃らしく細い体つきだ。緊張しているのか顔を赤らめ強張っている。


「わ、わ、わ、私、レオナルド・カッパーの嫡男、エルヴィス・カッパーと申します。ど、どうぞ、おおお見知りおきくださいませっ!!」


ガバッと片膝を着いたかと思えば、おもむろにフェリシアの右手を取り、手の甲へ唇を落とす仕草をした。


貴族の令嬢だけあってフェリシアもこの礼が敬愛、忠誠という意味を表すことは理解していた。

しかし手の甲へキスをする礼は王族やそれに類する高貴な生まれの女性に対してするのが一般的だった。


初めてされた恭しい挨拶と、フェリシアの手を取る若い男性の手が緊張で震えているのと、ロイドの「やるねぇ~」という冷やかしで、フェリシアの顔も熱を持ち始める。


「ご丁寧なご挨拶、痛み入りますわ。フェリシア・マークウェルドと申します」


「あ、貴女と出会えたこの幸運、この良き日を私は忘れません。でわっ!!」


バッと立ち上がりザッと振り返りガッチガチになりながら去っていくエルヴィス青年。右手と右足が同時に前に出ている。


父親のレオナルドは手のひらで目元を被いながら「フェリシア、すまない」と小さく謝った。


「あらあら、フェリシアも罪な女ねぇ」


「課長」


やって来たのは統計課の課長、アンナだった。隣に政務省の別の事務所で見かけたことのある男性を連れて。


「こちら監督室地方再生課で課長をしている夫のロベルトよ」


「政策室統計課のフェリシア・マークウェルドです。ロベルト課長のことは何度かお見かけしていたのでご挨拶できて嬉しく思います 」


「監督室地方再生課のロベルト・ジルコニアです。君のことは妻から聞いてるよ。真面目で努力家だと」


「そう言っていただけて嬉しいです」


お世辞だとしても、容姿以外を誉められることの少なかったフェリシアは少し照れる。


他に十三歳の息子と十歳の娘がいるらしいが、今は庭園の迷路で夢中になって遊んでいるため後で紹介してもらうことになった。


気が付けば同じ課のメンバーが集まり家族も交えて談笑している。


───自分の家族がどのような人達と働いているのか知り、交流が持てる。

とても素晴らしいわ。前世でもこんな機会があったら良かったのに。


フェリシアはそう思わずにはいられなかった。前世では夫が上司である自分の父親を除いて、どのような人達とどのような仕事をしているのか知るよしもなかった。

しかし今世は違う。

今世では前世の夫が見ていたような景色を少しでも垣間見ることができたのではないだろうか。

そんな風に思うフェリシアだった。



 室内音楽が変わりダンスタイムが始まった。


「フェリシア嬢、私と踊っていただけますか」


と貴族らしくダンスを誘ったのはロイドだった。

フェリシアは最近知ったのだが、この男はパッセンジャー侯爵家の嫡男で、将来有望とも言われ彼のことを狙っている女性も多いとシンディとサマンサから聞いた。

社交界へ顔を出すことはあっても社交は親や兄弟に任せっきりにしていたフェリシアは社交界に疎い。

(実際は刺繍好きの婦人が集まった『刺繍同好会』の仲間に高位貴族のご婦人や、夫が要職に就いているご婦人がいたりして、意図せず社交をこなしていたフェリシアなのだが。)


「申し訳ありません。先日階段で足首を痛めてしまいまして…。

次の機会には是非お願いしますわ」


嘘でお断りをするフェリシア。

実は壊滅的にダンスが下手クソな彼女は、・足首を痛めた ・靴擦れをした ・足の爪が割れてしまった という三つの嘘をローテーションしてダンスを断り続けている。


「そっか、残念だけど次は踊れることを期待しているよ」


「ありがとうございます」


ロイドの次はエルヴィス、そして他の課の男性にもダンスを申し込まれたがフェリシアは全て断った。


「楽しんでいるか」


後ろから低く柔らかな声が聞こえた。


「ベラルド室長」


「君はこのパーティは初めてだったな」


「はい、とても楽しんでいます。

同じ職員のご家族と交流が持ててとても有意義な時間を過ごしています」


「そうか、そう言ってもらえたなら良かった。ところで君は踊らなくていいのか」


「はい、足首を痛めてしまいまして」


「そうか、」


「それは嘘ね」


シオンの言葉を遮ってまで乱入してくる女性の声。

そこにいたのはシオンの母親、ロザリンド夫人だった。


ホストということだからだろう。

施されたメイクは控えめで、ドレスは萌葱色のノースリーブワンピースで、その上にほんのりと緑色をしたストールを纏い落ち着いた色合い。

しかし艶やかに結い上げた豊かな黒髪と、サファイアのような青い瞳、凄味さえ感じさせる美しさがどんな控えめな装いをしようとも他を圧倒していた。


「貴女…本当は踊れないか、とてつもなく下手なのか。そうでなくて?」


「あ…」


やはり公爵家へ招待されておきながら一曲も踊らないとは礼を失するのか。

青ざめるフェリシア。


「私の目は誤魔化せなくてよ。

何故なら、私は…」


「母さんも踊れないからでしょう」


「んもう、先に言わないで」


急に凄味のある美女から可愛らしい貴婦人へと豹変した。

きっとこちらの方が普段のロザリンドなのだろう。


「マークウェルド君、母が失礼した。

母は何でもできそうな顔をしているが、壊滅的にダンスが踊れないんだ。それを隠すために階段でひねった、靴擦れをした、最近では膝関節が痛いだったか?言い訳をいくつも用意してダンスを断る口実にしている」


膝関節以外はフェリシアにも身に覚えがありすぎて、なるべく隠していたかったがバレてしまうのも致し方がない。


「でもお母さん、貴方となら踊れるわ」


「私が上手くリードしてやってるからです」


二人の様子から普段仲がいいことが伺える。思わずクスクスと笑ってしまうフェリシアだったが、この後思いがけない言葉に笑いも引っ込む。


「そうだ、フェリシアちゃんもシオンにダンスを教わりなさい。

この子、教えるのも上手なのよ。

練習部屋へ案内するわ、着いてらっしゃい」


「え?」


「マークウェルド君、すまないが付き合ってくれ。母は言い出したら聞かない人なんだ」


ふぅと深くため息をつき歩き出すシオン。

自己紹介もしていないのに何故かフェリシアの名前を知っていて、しかも『ちゃん』付けで呼ばれることにも驚いたが、急遽シオンのダンスレッスンが行われることになったこの状況は一体何なのか。

理解が追い付かないフェリシアだった。

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