第11話

 お昼の休憩時間になるとフェリシアは給湯室へ向かった。

フェリシアが紅茶を淹れ、シンディとサマンサが食堂へ赴き三人分の食事を取りに行く。

もうフェリシアはランチボックスの持参は止め、三人で食堂の同じメニューを室長執務室で食べるのが通常となっていた。


 今ではフェリシアにとってお昼の休憩時間はとても楽しい時間となっていた。

シンディとサマンサは実によくしゃべり、自身の恋愛話から最近の流行、職場の人間関係や様々な噂話をたくさん聞かせてくれる。

たまに人の悪口まで出てしまうのは悪い癖ではあるが、それでも二人のことは好きになっていた。


シンディとサマンサも、社交界で多くの男性から美人だと噂され、『月下美人の君』などと渾名を付けられたフェリシアの性格が、穏やかでのんびりとしていて、見た目がか弱く儚げな雰囲気でありながらも実は芯の強い女性であることに魅力を感じていた。


 そして今日のお昼の話題の中心は、もちろん『家族懇親会』のことだった。


「今年はどんなドレス着ていこうかしら」


とお洒落好きなシンディが言う。


「私、シンデレラブルーのワンピースを新調したの。それを着て行くわ」


とサマンサ。最近の流行がシンデレラブルーという薄く優しい色味の青色で、社交界ではシンデレラブルーのドレスを着た女性で溢れていた。

フェリシアもお茶会に着ていくドレスとして一着持っている。


「あら、ズルいわ。貴女はブルーより暖色系が似合うからお止めになったら?」


とシンディ。


「そう言う貴女こそシンデレラブルー以外の色がお似合いよ」


言い返すサマンサ。

どちらがシンデレラブルーを纏って行くか睨み合う。


「お二人とも、仲良くなさって下さい。ケンカの元になってしまいますからシンデレラブルーは私が着ていくことにします」


「「フェリシア!!」」


と一応落ちがついたところで聞きたかったを聞く。

ドレスコードはあるのか、手土産はどのようなものが喜ばれるのか、エスコートは誰に頼むのか。


二人の話しによると、ドレスコードはないがカジュアルな会のため夜会のような豪華なドレスは浮いてしまう。

手土産も不要で、エスコートも不要。

婚約者のいない独身者は兄弟を伴う人もいるが、ひとりで参加する人も多いため、気張らず気軽に参加すればいいとのことだった。


そして会話はベラルド公爵家の話へと移る。


毎年パーティーの采配はシオンの母親のロザリンドがしていて、パーティーにも時々顔を出している。

現公爵である父親のアンドリューと弟のケインは領地の方へ行っている事が多いため、パーティーに顔を出すことはないとのことだった。


「ベラルド室長に奥様は?」


シオンの年齢は三十前後だ。

貴族のその年頃の男性なら結婚している方が普通でありフェリシアの疑問も当然ではあった。


「……は?」


「今更?」


社交界ではシオンが独身であるのは有名であったが、趣味の仲間との会話に夢中だったフェリシアの耳には入って来ない。


「え?私変なこと聞きました?」


「あのねぇ、シオン室長は独身主義で有名なの!次の公爵はシオン室長だけど、その次の後継者は弟君のケイン様のお子を養子にするのだろうと言われてるの!有名な話よ!」


とシンディが半ば呆れながら言う。


「そうよ、シオン室長が独身主義だからこれからも家のことはロザリンド夫人が取り仕切って行くことになるだろうって。

でもロザリンド夫人はまだシオン室長の結婚を諦めていないから、夫人に気に入れられれば、私達にもまだまだ可能性があるってことなのよ」


とこのパーティへの意気込みを語るサマンサ。


「お二人ともお詳しいのねぇ」


とフェリシアが感心すれば、はぁ、と二人にため息をつかれるのであった。




✳️




 家族懇親会当日。

着いていくと言って聞かない家族を振り切り、フェリシアはベラルド公爵家へと出かけた。

エスコートにロイドを伴って。

エスコートはいなくても大丈夫だと聞いていたので断ろうとしたが、「公爵邸へ行くのは初めてでしょ?」と言われしまえばその通りであったのでお願いすることにした。


結局着ていくドレスは夏のひまわりのような明るい黄色のワンピースにした。

誰がシンデレラブルーを着ていくかじゃんけんで決め、結局サマンサが着ていくことになったからだ。


流行色を纏わなくても美しいフェリシア。

そんな『月下美人の君』のエスコートに鼻を高くしたロイドと、初めて参加するパーティに胸を踊らせるフェリシアだった。


 時間通りに公爵家へ到着したはずだったが、すでにパーティは盛り上がっていた。


公爵邸の庭先では軽快な音楽が流れ、はしゃぐ子供達と朗らかに笑う同僚達。


「職員の子供達はこのパーティを楽しみにしていてね。ロザリンド夫人のご配慮で到着した人達から自由に楽しんでもいいようになっているんだ」


薔薇のアーチの向こうに生け垣の迷路。浮き輪のクジラを浮かべた噴水。風船を手に駆け回る子供達。


職員の家族にも楽しませようと趣向を凝らした催しにフェリシアの目も子供のように輝いた。


「とても素敵ですね」


「そうだね。大人はサロンルームに集まることが多い。さ、案内するよ」


「ええ」


ロイドにエスコートされて入ったのは、風通しが良く、庭園と続く大きな窓のあるサロンルームだ。

さすが公爵邸である。庭の広さも桁違いだが、サロンの広さも伯爵家の倍以上だった。


「お飲み物は如何ですか」


すかさずトレイにシャンパンを乗せた男性給仕が近寄る。

さすが公爵家だけあって使用人も洗練されていた。


「ありがとう。フェリシアもシャンパンでいいかい?」


「はい、いただきます」


ロイドから冷えたシャンパンを受け取り、喉を潤す。

成人した大人だけが集まる夜会やお茶会とは雰囲気が異なり、子供から大人まで心から楽しんでいる様子に、シオンが部下とその家族を如何に心から大切にしているかが分かるようだった。


「ベラルド室長は、私達のことを大切に思って下さってるのですね」


「そうだね。いつも気難しそうな顔をしてるけど本当は優しいお人だよ。

それに超有能なお人だから次期宰相に一番近い人物だとも言われている。

この『家族懇親会』も部下やその親族の支持を集めるための地盤固めの一環だとも言われているけどね」


政治的な思惑があるにしても、シオンが次期宰相になればいいな、と思うフェリシアだった。


 しばらくフェリシアとロイドが談笑しているとエミリオが近寄って来た。


「やあ、来ていたか。

フェリシア、君はうちの家族に会うのは初めてだったな」


そう言われてエミリオの大きな躯体の後ろを見ると小柄で可愛らしいご婦人と、五歳くらいの男の子、そして三才くらいの女の子が姿を現した。


「妻のクロエ、長男のミシェル、そして長女のニコラだ」


「初めまして。エミリオ様と同じ統計課のフェリシア・マークウェルドと申します。エミリオ様には大変お世話になっております」


フェリシアはスカートの裾をつまみサッと少しだけ膝を折る略式の礼をとる。すると夫人のクロエも同じ礼を返してくれたが、ミシェルは口を半開きにして固まり、ニコルは嬉しそうに目を輝かせていた。


「お姉ちゃん、おひめしゃま?」


「ん?」


「こら、ニコル、お姉ちゃんはお姫様みたいだけどお姫様じゃない!

ミシェル、見とれて固まるな!

二人とも家で挨拶の練習しただろ!」


エミリオに叱られながらミシェルとニコルは練習したと思われる可愛らしい挨拶を披露したが、ミシェルは人見知りが激しいのか母親のスカートの後ろへ隠れてしまい、ニコルは「おひめしゃま?お姉ちゃんおひめしゃま?」と嬉しそうにフェリシアの周りをぐるぐる回る。

大変可愛らしいが、幼い子供と会ったことがないためフェリシアはどう対応したら良いのか狼狽えた。


クロエ夫人は困ったように「すみません」と謝るが、可愛らしい幼い二人の様子に思わず笑みがこぼれるフェリシアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る