第6話 キミ、ジェニーっていうの? ハーフ?

「ねえねえ。キミたちどこ行くの? 俺らとカラオケ行かない?」


 新宿の路上で絡んできたのは、いかにも浅薄な若者たちだった。なけなしの金を頭髪やファッションにつぎ込み、日頃はカップラーメンで腹を満たしているような安っぽさが匂って来る。


 ジェニーはその時大学の同級生2人と、卒業祝いの食事会をしたところだった。ワインを飲んで酔いが回っており、友人の1人は誘われてまんざらでもなさそうなそぶりだ。


「えー、どうしよー? 行くう?」


 行きずりの男4人に付いて行く馬鹿がどこにいるのだと、ジェニーは呆れた。


「何言ってるの? ほら、帰るわよ」


 男たちとは目を合せぬようにして、真理子というその友人の袖を引く。


「ちょっと、ジェニー。せっかく盛り上がってるのにぃー。カラオケぐらい良いじゃない」


 声をかけて来た男は、ちょっとばかり整った顔立ちをしている。それが気に入ったらしく、真理子は男の側に立った。


「たかしクン、悪いことしないでしょ? ねぇ?」

「何それ? 何にもしないよォ」

「ほら、ジェニー。たかしクン、悪いことしないって。いこぉよー」


 どこの野良犬が「噛みつきます」といってから噛みつくのか? こんな女だったかしらと、ジェニーは真理子の言動に呆れた。


ゆいは行くよねェ? カラオケ好きでしょー?」


 ジェニーのガードが堅いとみて、真理子はもう1人の友人唯に声を掛けた。


「えぇー? どうしよう。わからない……」

「いいじゃん。行こうゼ。ノリだいじー」


 たかしクンとやらは、既に真理子の肩に手を回して髪の匂いを嗅いだりしている。


「えぇー? ジェニー……」


 どうしたいのか決めかねて唯は涙目でジェニーを見て来る。


「キミ、ジェニーっていうの? ハーフ? もしかして芸名?」


 別の男がべたべたと肩を組んで来ようとした。

 ジェニーは相手の肘を下から持ち上げて体をかわす。


「触らないで。面倒くさい。もう良いわ。真理子、唯。私は帰るからね。あんたらついて行くなら自分で責任取りなさいよ」

「何それ? 付き合い悪いー」

「えぇ? ジェニー、帰っちゃうのぉ?」


 真理子はふくれっ面になり、唯はますます泣き顔になる。


(わたし、何してるんだろう?)


 ジェニーは急激に馬鹿々々しくなった。


「ジェニーちゃん、帰らないでぇー。一緒に遊ぼうよぉ」


 さっきはねつけた男が気持ち悪い声で絡んでくる。

 外人顔でこそないが、ジェニーは目鼻立ちが整っている方だ。体つきもほっそりしているため、モデルスカウトに遭うことも多い。


 胸元まで伸びた髪に触れようと手を伸ばして来たので、今度はぴしゃりと掌底で手首をはねのけた。


「いてっ! 何すんだよっ!」

「……触るなって言ったよね」


 男の声が暴力的になった。ジェニーも目を怒らせて声を低くする。


「何この子? ノリ悪いね。帰れ、帰れ! 俺達だけでイイトコいこーぜ?」


 3人目の男が唯の肩に手を回して、引き込もうとしていた。


「唯! あんたそれで良いの? 何されるかわかんないよ?」


 体を硬くして背を丸めている唯に、ジェニーは呼び掛けた。それは自分の意思なのかと。


「あたし……」


「お前、さっきからうるせぇんだよ、ブス! お高く留まってんじゃねぇぞ!」


 手首をはねのけられた男が、正面から前蹴りを入れてきた。女1人転ばせるくらいわけはないと思っている、舐めた前蹴りだ。


 そんなものはいつ来てもいいように織り込み済み・・・・・・だ。


(こっちは未払みはらい取ってあるんだよ。ゆるい督促状だ)


 かわすのは簡単だったが、虫の居所が悪いジェニーはローキックを合わせて、男の内股に叩き込んだ。

 清十郎の教えで「打つ時には手加減しない」主義である。


「ンがっ! いってェえー!」


 男は大げさに腿を抱え込んでうずくまった。インローをまともに食らったのだから無理もない。明日には紫色に腫れあがるだろう。


「何すんだ、コノヤロー!」


 4人目と3人目が血相を変えて前に出てきた。たかしクンは荒事が苦手と見えて、真理子の肩を抱いたまま動かない。


(それにしても、どいつもこいつもこういう時に言うことは同じだ。大体私は野郎じゃない!)


「国家公認会計師片桐ジェニーだ!」


 こういう場合、きちんと官姓名を名乗っておかないと正当防衛が通りにくい・・・・・・・・・・ことがある。これも清十郎に教わった。


「何だと? え? 国家公認……?」


 ろくに学校に通わなかったのだろう。若者たちは国家公認会計師の何たるかも知らないようだ。


「不正があればこれを正す。これ国家公認会計師の使命であります。あなたたちが暴力をふるうなら、私には会計スキルを使う権限がある!」


 ジェニーはスーツの内ポケットに右手を入れた。

 何を出すのかと、男たちが一瞬身構える。


 ジェニーが取り出したのは、汎用会計伝票のつづりであった。


「あん? 何だその紙切れァ?」


 男が勢いを取り戻して迫ろうとする。


「動くな! それ以上近付けば、会計師権限において振替実行・・・・する!」

「きゃあ。格好いいね! 怖ーい、って言うと思うか、このブスが!」


 4人目の男が手加減なしの回し蹴りミドルを出して来た。こいつは格闘技をかじっているらしい。


借方かりかた200度!」


 宣言しながら伝票を1枚切ると、指先の間で青白い炎に変わった。


「買掛計上!」


 ジェニーは右手を振って、指先の炎を男の顔面に叩きつける。


「うわあーっ!」


 男は視界を奪われると同時に、顔面に猛烈な熱を浴びて両手で顔を覆った。ジェニーは勢いを失った蹴りを簡単にかわす。

 その手には既に次の伝票が握られている。


「聞こえないか! 暴力をふるうなら会計師権限において清算・・するぞ!」


 国家公認会計師、それは世にはびこる不正をただすために神が与えた異能の持ち主であった。

 ひとたび伝票に数字マナを籠めれば、超常の力を発揮する。


 ジェニーは炎を操るそのスキルにより、こう呼ばれていた。

「炎の会計師 片桐ジェニー」と。

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